その夜、帰宅してからも苛立ちは収まらなかった。
スーツを脱ぎ捨て、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。プルタブを引く音がやけに大きく響いた。

一口目を流し込んだ瞬間、胃の奥が焼けるように熱くなる。
思わず小さく笑ってしまった。

「……クソ上司」

声に出したら、胸の奥に沈んでいた言葉が溢れ出す。

サイコパス。コントロールフリーク。アカハラモンスター。あんな男が上司であったのが自分の運の尽きだったのかも知れない。

(人の業績を平気で横取りさせようとして……挙げ句には坂崎を“どうせ飛ばす”だと? あんな軽口で人の人生を扱える神経がわからない)

缶をテーブルに乱暴に置き、両手で顔を覆った。
反論できなかった自分にも腹が立つ。結局は飲み込んで従うしかなかった。

「……俺は何を守ってるんだ」

患者を救うために選んだ道のはずなのに。
気がつけば、出世や派閥や駆け引きに呑まれている。

二本目を開ける手が、少し震えていた。
誰にも見せられない弱さを、アルコールに押し込めるしかない夜だった。