日向さんは、ふいに視線を伏せて、乾いた声で言った。
「どうとでも言え。この仕事してると、そういう話はいくらでも聞くし、出会うんだよ」
窓の外へと目をやりながら、低く続ける。
「大体、苦しむのは女の子の方だ。本来知るべきことも教えずに、純潔教育を“良かれ”と思って押し付ける奴らに……心底うんざりしてるんだよ、俺は。
ーー分かってくれ」
その声の真剣さに、胸が強く打たれる。
何も言えなくて、ただ小さく「……はい」と頷くことしかできなかった。
「……俺はちゃんと忠告したからな」
突き放すような口調。けれど、どこか自分自身に言い聞かせているように聞こえた。
もし私がこの先、誰かに傷つけられたとしても――
少なくとも“言うべきことは伝えた”と、そう自分を納得させようとしている。
そんな響きを感じ取ってしまって、胸がざわめく。
日向さんがどんな思いで言葉を選んでいるのか、私には全部はわからない。
でも、ただ守るためじゃなく、現実を見据えてくれているのだと伝わってきて……息が詰まりそうになった。
「びっくり。日向先生って、むしろ純潔教育する側の人だと思ってた」
理緒が茶化すように口を挟む。
日向さんは一瞬だけ目を伏せ、苦い笑みを浮かべた。
「……あぁ、そうだな。実際、父親はそう教える人だよ。結婚まで手を触れるな、ってな」
「やっぱり」
理緒が目を丸くする。
「けど、馬鹿らしいと思ってる」
その声は淡々としているのに、鋭さを含んでいた。
「知識を与えずに“守ったつもり”で放り出すなんて、無責任だ。……結局苦しむのは女の子の方だからな」
私はただ黙って聞いていた。
理緒はじっと彼を見つめて、それから小さく頷いた。
「へぇ……なんか意外。でも、そういう方がずっと現実的だね」
心臓がまだ早鐘を打っている。
(……優しいだけじゃない。怖いくらい、現実を見てる人なんだ)
そう思った瞬間、彼の姿が少し遠く感じられて、同時にどうしようもなく惹きつけられていた。


