日向さんは、私たちのやりとりに小さく息をついて、少し真面目な声色になった。
「……実際俺が心配なのは、むしろお前らだよ。女子高って、そういうこと純潔教育なんかに頼らずに真面目に教えてるわけ?」
「えっ……」
思いがけない問いに、私は瞬きを繰り返す。
「……知るべきことを知らないままじゃ、後で苦労するぞ。世の中、善意だけで回ってるわけじゃないんだから」
胸がきゅっと掴まれるような感覚に、思わず声が震える。
「……知るべきことって……?」
日向さんは一瞬言葉を探すように黙り、視線を逸らしてから、低くゆっくりと続けた。
「……今は無縁だって思ってるだろうが。いつか恋人ができた時、避けては通れない話になる。自然なことだ」
顔が熱くなるのを隠すように、唇を噛みしめて俯く。私はただ小さく頷いた。
「問題は……相手が『これが普通だ』『みんなやってる』なんて言って、君らを懐柔しようとした時だ。そんな奴は君らが考えてる以上に沢山いる。その時に、それは違うって言い切れる知識のことを、俺は言ってる」
静かな病室に、その声だけが落ちていく。
胸の奥で、何かを言いたいのに声にならない。頬は熱く染まり、視線も上げられなかった。
けれど日向さんは、そんな私を見て、深く息を吐いた。
「……こればっかりは俺が守ってやれることじゃない。だから余計に、強く言わせてくれ」
思わず顔を上げる。
その言葉は、叱られているようで、でも不思議と安心を求めたくなる響きを帯びていた。
怯えるような気持ちと、守られているような気持ちが同時に胸を揺らす。
「……日向先生、お父さんみたい」
理緒が横からぽつりと呟いた瞬間、心臓が跳ねて、私はまた視線を逸らしてしまった。


