ベッドサイドの夜は、いつも静かだった。
理緒が眠りについたあと、ふとした拍子に彼と二人きりになる。
無言が怖くて、気づけば口が動いていた。

「……日向さんのお父さんって、牧師さんなんですか? 理緒から聞きました。……なんだか、すごいですね」

彼はわずかに瞬きをして、控えめに頷く。
「そうだよ。まぁ、俺にとっては普通の家庭だったけど」

会話が終わってしまうのが惜しくて、慌てて次の問いを探す。
「日向さんって、どんな本を読むんですか?」

「本?」
少し考えるように視線を伏せ、それから苦笑を浮かべた。
「専門書が多いかな。あとは……音楽関係とか、哲学を少し」

その答えが妙に意外で、胸の奥がきゅっとなる。

「じゃあ……どうして、お医者さんになろうと思ったんですか?」

その問いに、彼はしばらく沈黙した。
答えを待つ時間が怖くなりかけたとき、低く静かな声が落ちてきた。
「……誰かの痛みに、手を伸ばせる人間になりたかったから」

その言葉の確かさに、思わず胸が熱くなる。

気づけば最後に、抑えきれずに聞いてしまっていた。
「……恋人って、いないんですか?」

自分でも驚くほど小さな声。
彼はほんの一瞬だけ視線を逸らし、窓の外へ目をやったまま答える。
「いないよ」

ただそれだけの返事なのに、心臓が跳ねる。
距離の遠さに変わりはないのに、彼が少しだけ近くなった気がした。