ある日、回診に理緒の病室を訪れると、理緒と中野さん二人で楽しそうに話しながら学校の宿題をしているようだった。

教科書を広げる彼女を視界に捉えつつ、ベッドサイドのテーブル上に置かれたペンケースが目に入った。
小さなリボンの刺繍がついていて、柔らかい色合いが彼女らしかった。

「……それ、可愛いな」

口にした瞬間、自分でも「しまった」と思った。
……あまり彼女に気軽に言うべきことじゃない……。
そう思ったが時は既に遅く、
中野さんはびくりと肩を揺らし、次の瞬間には頬を真っ赤に染めてうつむく。

「えっ……え、えと……! あの……ありがとうございます……」

声まで裏返っている。
ただの持ち物を褒めただけなのに、まるで告白でもされたみたいな反応だ。

「……いや、深い意味はない。ただ、目に入ったから」
慌てて言い添えるが、彼女はさらに顔を覆って小さく首を振るばかり。

(……だから苦手なんだよ。こういう距離感。下手なことを言うとすぐ赤くなって、俺までどう反応すればいいのか分からなくなる)

小さくため息をつき、カルテに目を戻すふりをした。
だが耳の端に残った彼女のかすかな息づかいが、しばらく消えなかった。