理緒と中野さんは本当に仲が良いようだった。

理緒には他にも、たまに見舞いに来る友人はいた。けれど、ほとんど毎日のように足を運ぶのは彼女くらいで、理緒自身も彼女の話をしょっちゅうしていた。

「あの子ね、ほんとーにお嬢様なの。父親が総合商社で働いてて、都心の一軒家に住んでて。親にさえ敬語使うような家なんだよ」

そう言いながら、理緒は手にした分厚い本をぱらぱらとめくる。表紙には『銃・病原菌・鉄』の文字。

「……私の家は割と普通だったから。だからこそ余計に思うんだよね。世の中には信じられないぐらいの格差があって、それがどうして生まれるんだろう、って」

言葉は軽く投げかけるようでいて、目は真剣に活字を追っていた。

俺は思わずため息をついた。
「……高校生がする話か、それ」

理緒は目を上げて、わずかに笑う。
「でも、この本には答えがちゃんと書いてある。地理や環境が人を分けただけだって。……そういうの、面白いじゃん」

「……お前、本当に高校生か?」
思わず口に出た。
成人向けの専門書だ。経済学部の学生が読むならともかく、病室のベッドの上で、制服姿のまま読むにはいささか不釣り合いだ。

「中学生の頃はバスケやってたんだろ。普通はスポーツ雑誌とか読むんじゃないのか」
皮肉混じりに問いかけると、彼女は淡々と答えた。
「走れないから。本の中なら、どこにだって行けるでしょ」

胸の奥を、不意に突かれた気がした。
淡々と語られるその一言の重みが、俺にはどうしようもなく残酷に響いた。

「……大人顔負けだな。本当に高校生かよ」

言葉とは裏腹に、感心している自分に気づく。
生きたいと叫ぶ代わりに、静かに知識へと手を伸ばす。そうやって自分を保とうとしている。

「高校生だよ。だから先生、もう少し優しくしてよ」

年相応の、悪戯めいた笑顔に、俺は肩の力を抜かされる。