理緒は、それでも暫く楽しそうに先生の方を見て会話を続けていた。
日向先生はーー
だって日向先生さーー
「……日向って、いい名前ですね」
気まずさを誤魔化すように、思わず口からこぼれた。
「柔らかい響きで……」
御崎先生が一瞬だけ驚いたようにこちらを見た。
すぐに視線を逸らしてしまったけれど、確かに目が合った。
「……そう思うなら」
彼は静かに言葉を続ける。
「別に名前で呼んでくれてもいい」
淡々とした声なのに、不思議と優しさを含んでいるように聞こえる。
胸が少し熱くなって、けれどすぐに顔が赤くなるのが分かった。
「……え、あ……でも、それは……」
しどろもどろになる私に、理緒が笑いながら横から口を挟む。
「ほら桜、先生が許可してくれてるんだから。『日向さん』でいいじゃん」
その言葉に胸が大きく跳ねた。
でも、唇がうまく動かない。
「……え、その……」
喉の奥が熱くなって、視線は落ちたまま。
言おうとするたびに、声にならずに空気が零れていく。
理緒が呆れたように笑う。
「ほら、桜。呼んでみなよ」
「……む、無理だよ……」
情けないくらい小さな声しか出なかった。
御崎先生――いや、日向さんは、そんな私の反応をじっと見つめて、ふっと肩をすくめる。
「……まあ、無理に言わなくてもいい」
淡々としているのに、ほんの一瞬だけ口元が緩んだ気がした。
それが余計に恥ずかしくて、私はますます顔を伏せるしかなかった。


