「あ、あの、先生が怖いとか、そういうんじゃなくて……」

小さな声。顔を上げられないまま、俯いている。

「……ただ、その、私、男子とあんまり喋ったことなくて。だから……」

その言葉を聞いた瞬間、思わず沈黙が落ちた。
なるほど――そういうことか。俺に対して特別な嫌悪や警戒があるわけじゃない。ただ、免疫がないだけ。

「……なるほど。女子校、だっけ」

「はい……」

小さく頷く声を聞いて、胸の奥で固まっていた何かが少しほどけた。
「じゃあ、免疫ないのも仕方ないか」

机に手をついて、ほんのわずかに表情を和らげる。
その瞬間、彼女の視線が一瞬だけこちらに触れて、すぐにまた泳いだ。

カルテを軽く叩きながら言葉を継ぐ。
「……でも、目を逸らされるのはちょっと悲しいな」

「す、すみません……!」
反射的に頭を下げる彼女に、思わず口元が緩む。

「……謝らなくていいよ。別に責めてるわけじゃないから」

肩をすくめつつ答えながら、ふと彼女の制服に目がいった。
よく見れば、それは都内でも有数のお嬢様学校の制服だった。確か御三家と呼ばれるほどの、完全中高一貫教育の有名進学校。大学でもそこの出身だと言っていた女の子が数人いたことを思い出す。
落ち着いた色合いに品のある仕立て、ひと目で分かった。

――きっと、大事に育てられた子なんだろう。
だからこそ、世間慣れしていないのも当然かもしれない。

カルテに視線を戻しながら、内心で小さくため息をつく。
自分なんかが軽々しく関わっていい存在ではない――そんな思いが、不意に胸をかすめた。