理緒が穏やかな寝息を立て、病室が静かになった頃。
カルテを閉じて椅子から腰を上げようとしたとき、ふと視線が横に座る少女に止まった。
「……中野さん、だっけ」
声をかけると、彼女はびくりと肩を揺らし、背筋を伸ばす。緊張しているのが伝わってくる。
「毎日来てるよね。高校生だろう。塾とかないのか」
少し柔らかめに問いかけたつもりだったが、返ってきた声は上ずっていた。
「……あ、私、は。行ってなくて」
彼女の表情から視線を逸らさずに見つめる。何か言おうとして、言葉を飲み込む。
数秒の沈黙のあと、思わず口に出していた。
「……中野さんさ。俺、なんかした?」
「えっ」
驚いたように見返してきたが、その視線もすぐに泳ぎ、俯いてしまう。
「目、合わせてくれないから」
それはただの観察だった。だが、自分でも思った以上に気になっていたらしい。
彼女が答えられずに俯くのを見て、肩をすくめ、小さく笑った。
「……ただの人見知り?それならいいんだけど」
言葉を軽くしてみても、彼女の頬はまだ赤く、ぎこちなさは抜けなかった。
なぜそんなに警戒されているのか、自分にはわからなかった。


