クール女子との同居生活。

 黒色の長くさらさらした腰まである髪、グレーがかった瞳は、吸い込まれてしまうようで、真っ白な陶器のようにすべすべした肌は、赤い着物がよく似合っている。

 思わず、美しすぎて圧倒されていたが、やっと我に返り挨拶をする。

「こんにちは、花坂さん。なぜ貴方がここに?」

 何を隠そう、俺の前に立つ美しい女性は、花坂美亜さん。俺の学校のクラスメートだ。

 学校一の美女で、高根の花だともいわれている。

 そんな彼女がなぜここにいる。俺が部屋を間違えたのかという考えもよぎるが、何度も部屋番号を確認した俺が間違えたとも思えない。

「私、学校では母の旧姓で名乗っているんです。」

 花坂さんの一言で合点がいく。

 淡々と、表情一つ変えずに俺に話しかけてくる花坂さんは、どこか不思議な雰囲気をまとっている。

「私は正真正銘、貴方の許嫁です。これからよろしくお願いしますね、一条海斗君。」

「こちらこそよろしくお願いしますね、桜田美亜さん。」

 花坂さん、もとい桜田美亜さんはクールな女性だと聞いていたが、本当にそうだな。

 正直、桜田さんとだと気まずくなるかもしれないと思ったが、無言も少し心地がいいように感じる。

 しかも、どこか、懐かしいような…、こんなの、初めてだ。

 彼女はきっと、俺には持っていないものをたくさん持っているんだろう。

 彼女は美しいだけでなく、才色兼備なのだから。

 俺も相当な努力をしていると思うが、悔しくもかなわないと言わざるが得ないものもある。

 彼女の近くにいると、学びがたくさんありそうだ、と俺は胸を躍らせていた。

「おや、もう顔合わせは済んだかい?」

「あらあら、美亜ちゃん大きくなったわね。何年ぶりかしら。」

「懐かしいわ~」

「二人とも、来るのが早いね。時間に余裕を持つことはビジネスの場でも大事なことだ。しっかり続けていきなさい。」

 男性と女性二人ずつの四人組が、仲良さげに入ってくる。

 …この四人全員、中年だとは思えない姿に、相変わらずだなとあきれに近い感情が出てくる。しかも、全員かなり顔が整っている。

 「お褒め預かり光栄です、桜田代表。」

 代表と前にお会いした時は、桜田財閥の五十周年パーティーだったかな。

 桜田財閥と一条財閥のかかわりも深いが、何より桜田代表夫婦と俺の両親は、

 学生の時からの親友だそうで、お互いの結婚のスピーチをやり合ったくらいに仲が良いらしい。

(俺と桜田さんが許嫁なのも、お互いの両親が親戚同士になりたいのもあるだろう。)

「お久しぶりです、一条君のお母さま。相変わらずお美しいようで何よりです。」

「あら、嬉しいわ~!」

 母さんは、嬉しそうに言葉を返す。

「でも、お母様は他人行儀過ぎないかしら、お母さんと呼んで!」

 いきなり距離をグイグイとつめる母さん。

 珍しく、桜田さんも少し戸惑っている。

 桜田さんにそんな対応できる母さんの図太さは、もう尊敬することしかできない。

 さすがに、桜田さんが可哀想になってきた為、母さんを止める。

「母さん、桜田さんが困ってるよ」

 母さんはすねたような表情をし、「え~」と漏らしていたが、桜田さんはほっとしたような表情を浮かべている。

 …桜田さんって意外と顔に出るんだな。新たな一面が知れて、なぜだか無性に嬉しくなる。

「それにしても…、美亜と海斗くん、お互い名字呼びなの?」

「はい、そうですが。」

 何か、問題があるのだろうか。

 正直、桜田さんとは初対面に近い。

 今年、中学二年生で初めて同じクラスになったばかりなのだから。

 許嫁だとは言え、すぐに名前呼びというのは無理難題だ。

「もう、明日から同棲するのに大丈夫かしら。」

 …は?

「えっと、それはどういうことですか、お母様?」

 桜田さんも焦っている。

 桜田さんも聞いていなかったらしい。

「失礼ながら、僕と桜田さんはあまり交流がありませんでした。いきなりというのは、あまりに急かしすぎではありませんか?」

 俺の意見に不満げに口を出す母さん。

「え~、だって高校尾を卒業したらすぐに結婚して家を継ぐのよ?。高校生のうちは引継ぎで忙しくなるんだから、今年がちょうどいいのよ!来年は受験でしょ?」

「まぁ、そうですが…」

 普段俺と父さんの会話を父さんの横から眺めている母さんが,珍しく積極的に話に入ってくる。無理やりにでも、俺と桜田さんの仲を取り持ちたいみたいだ。

 …母さんもしかして早く、桜田さんに「お義母さん」と呼んでほしいだけじゃないか?

 娘も欲しがっていたし‥、もしもそうなら、息子の結婚相手との関係に私情を持ち込まないでほしいものだ。

「とにかく、これは社長命令だ。変更はしない。二人とも仲良くやるように。」

 …なんで意外と乗り気なんだよ、桜田代表も。

「了解しました、お父様。」

「分かりました。善処します。」

 桜田代表には恩があるし、頭が上がらない。

 これ以上、俺に口出しができることはなく、渋々この話を了承する。

「それでは決まりね。食事を始めましょう。」

 本来ここは、桜田家の所有する料理亭で、顔合わせと一緒に会食をする予定だった。

 桜田夫人の一言で、料理人が入り、豪華な海鮮料理で机が埋め尽くされる。

 この後は何事もなく会食が進んでいったが、まったく桜田さんとは話せず、気まずい沈黙が続いた。

 それと、桜田さんの手元の料理が一向に減っていなかったが、体調がすぐれなかったのだろうか。結局その後も、何事もなく解散し、家に帰ってきてすぐに俺は自室に戻った。

「明日からって…何の冗談だよ…」

 冗談ではないことは、分かっている。

 母さんも父さんも、一度言い出したことは意地でもやるし。

 それでも、張本人である俺や桜田さんに何も言わないのは違うのではないか、と小言を小さく漏らす。

 この話も、今日の出来事も夢だったら、という淡い期待を抱いて、俺は静かな部屋の中で、ゆっくりと瞼を閉じた。