昼休みの教室は、いつものように騒がしかった。友達と弁当を広げ、何気ない話をしていると、不意に前のほうから陽奈ちゃんの声が聞こえてきた。
「ねえねえ、知ってる? ここにほくろある人ってさ、美人なんだよ~」
 そう言いながら、彼女は自分の顔に指をあてた。
 右目の下。小さくて、でもすごく印象に残る、あのほくろ。そういえば、前に授業中に手紙で褒めようとして、結局やめたんだった。
 クラスの空気が、一瞬だけ止まった。
 ――自分で美人なんて言うんだ。
 陽奈ちゃんは本当に可愛い。ツインテールが揺れるたびに目を引くし、すらっとした姿は運動部らしく健康的だ。そんな子が「美人の条件」を自分に当てはめて笑って見せるのだから、冗談が冗談に聞こえないのは当然だった。
 周りがぽかんと固まる。みんなも同じように思ってるんだろう。
 あの時は、“無難だから”という理由で髪型を褒めた。でも、今なら――。
「……ほんとだね」
 気づけば、言葉が口からこぼれていた。
 陽奈ちゃんが目を見開く。
 次の瞬間、頬がかっと赤く染まって、そっと視線を逸らした。
 ――あ。
 その反応を見た途端、胸が跳ねる。別に特別なことを言ったつもりはなかったのに、どうしてこんなに照れてるんだろう。
 授業のチャイムが鳴るまで、頭の中はずっとその光景でいっぱいだった。

 放課後。帰り支度をしていたら、なんとなく陽奈ちゃんと一緒に下校する流れになった。
 特別な理由なんてなかったけれど、二人で歩く道は、やけに静かに感じる。
「今日さ」
 不意に僕は切り出していた。
「ほくろのこと、言ってたよね」
 横にいた陽奈ちゃんが、びくっと肩を揺らす。
「い、言ってたっけ?」
 その仕草がやけに可愛くて、思わず言葉が続いた。
「うん。……あれ、ほんとに可愛いと思うよ」
 言ったあとで、胸がドキドキしていた。
 こんなこと、普段の僕なら絶対言えない。けど、あのほくろを見てると、本当にそう思うから。
「な、なにそれ。からかってる?」
「ちがうよ」
 振り向いた陽奈ちゃんは、少し唇を尖らせていた。でも、その横顔は耳までほんのり赤くて――。
 夕方の風に揺れるツインテールごと、全部が眩しく見えた。

 家に帰って机に向かっても、全然集中できなかった。
 頭の中には、ほくろに触れるように指を当てていた陽奈ちゃんと、あの赤くなった顔ばかり浮かんでくる。
 僕なんかが言った一言で、彼女はあんなふうに照れるんだろうか。そう考えると、心臓が妙に熱くなって落ち着かない。
 ――ほくろ。それは彼女の整った顔に唯一刻まれた、不完全な部分。
 だけど僕にとっては、いちばんのチャームポイント。
 それをまた明日も目にするんだと思うと、どうしようもなく胸が高鳴っていた。