秋の気配が濃くなった午後。
教室では男子たちを中心に、最近発売されたドラクエの新作の話題で熱気が立ちこめていた。
このゲーム、冒険の途中で結婚相手を選ばなきゃいけない。子供の頃の快活な幼なじみ、ビアンカか。あるいは修道院育ちの淑やかなお嬢様、フローラか。
「朋希、お前どっちにした?」
慧に問われて、僕は少し照れながら答えた。
「……ビアンカにしたよ」
その瞬間、周りから「おーっ」と歓声が上がった。ビアンカ派とフローラ派で二手に分かれているらしい。
「へえ。なんで?」
「子供の頃に一緒に冒険したのに、離れ離れになるじゃん。それで大人になって再会したとき、もう二度と離れたくないって気持ちになってさ」
自分で口にして、少し気恥ずかしくなった。けれど、あの再会の場面には本気で胸を打たれた。
そして何より、一番の理由は――。
「語るねえ! ……って、本当はちょっと陽奈に性格似てると思ったからだろ?」
笑いが起きて、僕は真っ赤になる。図星だ、なんて言えるわけがない。
「そ、そう言う慧はどっちにしたのさ」
「俺はフローラだな。花婿候補に手を挙げた以上、途中で放り出すなんて男じゃないし、恥をかかせてしまうだろ」
その堂々とした言い方に、周囲も「なるほど」と頷いていた。
「また格好つけて。財産目当てもあるでしょ」
さっき茶化された反撃とばかりに、僕は言い返していた。
――以前なら、きっと言えなかった一言だ。
そのとき、背後から明るい声。
「ドラクエの話? あたしはビアンカにしたよ~」
振り返ると、ツインテールを軽やかに揺らした陽奈ちゃんが、眩しいほどの笑顔で立っていた。
まさかのゲーム好き、しかも同じ選択。僕は胸の奥で、こっそりと嬉しくなっていた。
放課後。陽奈ちゃんと並んで歩く帰り道。
彼女の横顔は、赤い空に溶けて少し大人びて見えた。
「ねえ、さっきの話だけどさ」
不意に彼女が切り出す。
「えっ」
「ビアンカみたいな子と、結婚したいんだ~?」
心臓が一気に跳ね上がる。彼女のことを重ねて考えていたなんて、絶対に言えない。
赤面して黙り込む僕を見て、陽奈ちゃんは楽しそうにからかってくる。ゲームの話とはいえ、好きな子と「結婚」という話題をするのは、なんだかくすぐったかった。
しばらくして、おもむろに彼女が口を開く。
「結婚かぁ。まだ、あたしには想像もつかないや」
それは軽い一言のはずなのに、不思議と胸に引っかかる。
「それよりさ、まずは進路だよね」
陽奈ちゃんの言葉で現実に引き戻された。
彼女はスポーツ推薦で高校を目指しているらしい。陸上の顧問も期待していると、誇らしげに語る。
僕はというと、できれば進学校に進みたいと思っている。親や先生からもそう勧められているし、自分でもそうするべきだと思う。
――そう、僕たちはきっと別々の道を歩いていく。
「こうやって毎日当たり前に会えるのも、卒業までなんだよね」
陽奈ちゃんはそう言って、どこか遠くを見るように微笑んだ。声の奥に、ほんの少し切なさが混じっているような気がした。
「……そうだね」
そう答えるしかなかった。陽奈ちゃんと教室で楽しく話して、帰り道でからかわれて。そんな何気ない日々が終わる瞬間が確実に来るということに、ただ胸が痛む。
お互いにしばらく無言で、落ち葉が目立ってきた並木道を歩く。
陽奈ちゃんのツインテールが、西日を受けて黄金色に染まる。その美しい輝きは、ちょっとしたことで失われてしまうように儚げだった。
「ねえ、朋希くん。別々の高校に行ったら、きっとお互い新しい友達ができて。新しい関係で、いろんな経験をしてさ……」
彼女は顔を上げ、夕焼けを眺めながら言葉を続ける。
「それでも、あたしたち、ずっと同じ関係でいられるのかな?」
虚を突かれた気がして、僕はその問いに答えられなかった。
卒業してからでも、会おうと思えば会うことはできるだろう。でも陽奈ちゃんが言っているのは、きっとそういうことではなくて――。
それでも、「もちろんだよ」と返せば、彼女は笑ってくれたのだろうか。
僕の目には、少し前を歩く陽奈ちゃんが、どこか遠い「天空」に浮かぶ存在のように思えて仕方なかった。
届きそうで、手を伸ばしても届かない。けれど、だからこそ追いかけていきたい。いつか胸を張って、隣に立てるように。
秋の日はつるべ落とし。
僕はただ、静かに歩幅を合わせ続けた。
教室では男子たちを中心に、最近発売されたドラクエの新作の話題で熱気が立ちこめていた。
このゲーム、冒険の途中で結婚相手を選ばなきゃいけない。子供の頃の快活な幼なじみ、ビアンカか。あるいは修道院育ちの淑やかなお嬢様、フローラか。
「朋希、お前どっちにした?」
慧に問われて、僕は少し照れながら答えた。
「……ビアンカにしたよ」
その瞬間、周りから「おーっ」と歓声が上がった。ビアンカ派とフローラ派で二手に分かれているらしい。
「へえ。なんで?」
「子供の頃に一緒に冒険したのに、離れ離れになるじゃん。それで大人になって再会したとき、もう二度と離れたくないって気持ちになってさ」
自分で口にして、少し気恥ずかしくなった。けれど、あの再会の場面には本気で胸を打たれた。
そして何より、一番の理由は――。
「語るねえ! ……って、本当はちょっと陽奈に性格似てると思ったからだろ?」
笑いが起きて、僕は真っ赤になる。図星だ、なんて言えるわけがない。
「そ、そう言う慧はどっちにしたのさ」
「俺はフローラだな。花婿候補に手を挙げた以上、途中で放り出すなんて男じゃないし、恥をかかせてしまうだろ」
その堂々とした言い方に、周囲も「なるほど」と頷いていた。
「また格好つけて。財産目当てもあるでしょ」
さっき茶化された反撃とばかりに、僕は言い返していた。
――以前なら、きっと言えなかった一言だ。
そのとき、背後から明るい声。
「ドラクエの話? あたしはビアンカにしたよ~」
振り返ると、ツインテールを軽やかに揺らした陽奈ちゃんが、眩しいほどの笑顔で立っていた。
まさかのゲーム好き、しかも同じ選択。僕は胸の奥で、こっそりと嬉しくなっていた。
放課後。陽奈ちゃんと並んで歩く帰り道。
彼女の横顔は、赤い空に溶けて少し大人びて見えた。
「ねえ、さっきの話だけどさ」
不意に彼女が切り出す。
「えっ」
「ビアンカみたいな子と、結婚したいんだ~?」
心臓が一気に跳ね上がる。彼女のことを重ねて考えていたなんて、絶対に言えない。
赤面して黙り込む僕を見て、陽奈ちゃんは楽しそうにからかってくる。ゲームの話とはいえ、好きな子と「結婚」という話題をするのは、なんだかくすぐったかった。
しばらくして、おもむろに彼女が口を開く。
「結婚かぁ。まだ、あたしには想像もつかないや」
それは軽い一言のはずなのに、不思議と胸に引っかかる。
「それよりさ、まずは進路だよね」
陽奈ちゃんの言葉で現実に引き戻された。
彼女はスポーツ推薦で高校を目指しているらしい。陸上の顧問も期待していると、誇らしげに語る。
僕はというと、できれば進学校に進みたいと思っている。親や先生からもそう勧められているし、自分でもそうするべきだと思う。
――そう、僕たちはきっと別々の道を歩いていく。
「こうやって毎日当たり前に会えるのも、卒業までなんだよね」
陽奈ちゃんはそう言って、どこか遠くを見るように微笑んだ。声の奥に、ほんの少し切なさが混じっているような気がした。
「……そうだね」
そう答えるしかなかった。陽奈ちゃんと教室で楽しく話して、帰り道でからかわれて。そんな何気ない日々が終わる瞬間が確実に来るということに、ただ胸が痛む。
お互いにしばらく無言で、落ち葉が目立ってきた並木道を歩く。
陽奈ちゃんのツインテールが、西日を受けて黄金色に染まる。その美しい輝きは、ちょっとしたことで失われてしまうように儚げだった。
「ねえ、朋希くん。別々の高校に行ったら、きっとお互い新しい友達ができて。新しい関係で、いろんな経験をしてさ……」
彼女は顔を上げ、夕焼けを眺めながら言葉を続ける。
「それでも、あたしたち、ずっと同じ関係でいられるのかな?」
虚を突かれた気がして、僕はその問いに答えられなかった。
卒業してからでも、会おうと思えば会うことはできるだろう。でも陽奈ちゃんが言っているのは、きっとそういうことではなくて――。
それでも、「もちろんだよ」と返せば、彼女は笑ってくれたのだろうか。
僕の目には、少し前を歩く陽奈ちゃんが、どこか遠い「天空」に浮かぶ存在のように思えて仕方なかった。
届きそうで、手を伸ばしても届かない。けれど、だからこそ追いかけていきたい。いつか胸を張って、隣に立てるように。
秋の日はつるべ落とし。
僕はただ、静かに歩幅を合わせ続けた。

