夏休みが終わっても、まだ暑さはしつこく残っていた。
二学期の教室はどこかだるく、友達の笑い声も遠くに聞こえるようで、僕は机に突っ伏したまま時間が過ぎていくのを待っていた。
ふと隣を見る。
陽奈ちゃんは、いつもなら背筋を伸ばして元気そうにしているのに、今日はなんとなく顔色が冴えないように見えた。ツインテールの毛先が肩に沿って揺れているのに、普段の張りがない。
「大丈夫?」と声をかけようともしたけど、できなかった。
もし違ったらどうするんだ、とか、変に気を遣ってると思われたら……とか、くだらない理由をぐるぐる考えて、結局言葉を飲み込んでしまう。
下校のチャイムが鳴る。陽奈ちゃんはさっさと荷物をまとめて、友達に軽く手を振ってから教室を出ていった。その後ろ姿を見ながら、胸の奥に小さな痛みが残った。
その夜、机の引き出しを開けると、夏祭りのときに友達に撮ってもらった「写ルンです」の写真が出てきた。現像してからずっと置きっぱなしにしていたものだ。
一枚目をめくる。浴衣姿の陽奈ちゃんが、屋台の明かりを背に笑っている。
あのときの弾む声が耳に戻ってくる気がした。
「すごい! 慧ってほんと上手!」
射的で景品をとった慧に向けた笑顔。心底楽しそうで、僕の知らない顔だった。胸の奥がちくりとした。
別の写真では、友達に冷やかされて照れている彼女。頬を赤らめて口をすぼめる仕草まで、全部可愛くて目が離せなかった。
――あの日の河川敷。
線香花火の光に照らされた彼女の笑顔。
そして、一瞬だけ覗いてしまった“純白の秘密”。
「……」
思い出すだけで息が詰まった。僕なんかが見ていいものじゃなかったのに。
なのに彼女は、小声で「……見た?」と問いかけた。
その声が頭から離れない。
気づけば、右手が勝手に下半身に伸びていた。
「……陽奈ちゃん」
彼女の名前を呼ぶたびに、愛おしい気持ちが押し寄せてくる。僕の――僕だけの、陽奈ちゃん。
胸の奥から込み上げてくる熱が全身を支配して、もう止められなかった。
「陽奈ちゃん……陽奈ちゃんっ」
何度も名前を呼んでしまう。
苦しくて、でも気持ちよくて、心臓が壊れそうなくらいに速く打ち続ける。
次の瞬間――。
――全身がしびれるような衝撃が走った。
「……っ!」
右手に広がる温かい感触に、呆然とした。
これが、そうなのか。
精通――。
頭では知っていた言葉が、現実のものとして自分に起きてしまった。
息が荒いまま、天井を見上げる。
達成感のようなものと、言いようのない罪悪感が混ざり合って胸に残った。僕は……陽奈ちゃんを想いながら、こんなことを。
「ごめん……」
誰に謝っているのかわからない。でも呟かずにはいられなかった。
翌朝。
学校に行くと、昨日よりずっと元気そうな陽奈ちゃんが笑顔で「おはよ、朋希くん」と声をかけてきた。
――眩しい。
だけど、あんなことをしてしまった僕には、彼女の笑顔がまっすぐに届かない。
「お、おはよう」
精一杯平静を装ったけど、声が裏返りそうになった。
彼女は小首をかしげて、不思議そうに僕を見つめた。もしかしたら、何かを感じ取られたのかもしれない。
でも言えない。言えるはずがない。
僕の胸の奥にだけ、あの夜の秘密と、昨晩のざわめきが残り続ける。
窓の外には、まだ夏の名残をとどめた入道雲。
陽奈ちゃんと、昨日までとは違う僕が、その下で同じ時間を過ごしている。
胸の奥で、言葉にならない熱がまたゆっくりと広がっていった。
二学期の教室はどこかだるく、友達の笑い声も遠くに聞こえるようで、僕は机に突っ伏したまま時間が過ぎていくのを待っていた。
ふと隣を見る。
陽奈ちゃんは、いつもなら背筋を伸ばして元気そうにしているのに、今日はなんとなく顔色が冴えないように見えた。ツインテールの毛先が肩に沿って揺れているのに、普段の張りがない。
「大丈夫?」と声をかけようともしたけど、できなかった。
もし違ったらどうするんだ、とか、変に気を遣ってると思われたら……とか、くだらない理由をぐるぐる考えて、結局言葉を飲み込んでしまう。
下校のチャイムが鳴る。陽奈ちゃんはさっさと荷物をまとめて、友達に軽く手を振ってから教室を出ていった。その後ろ姿を見ながら、胸の奥に小さな痛みが残った。
その夜、机の引き出しを開けると、夏祭りのときに友達に撮ってもらった「写ルンです」の写真が出てきた。現像してからずっと置きっぱなしにしていたものだ。
一枚目をめくる。浴衣姿の陽奈ちゃんが、屋台の明かりを背に笑っている。
あのときの弾む声が耳に戻ってくる気がした。
「すごい! 慧ってほんと上手!」
射的で景品をとった慧に向けた笑顔。心底楽しそうで、僕の知らない顔だった。胸の奥がちくりとした。
別の写真では、友達に冷やかされて照れている彼女。頬を赤らめて口をすぼめる仕草まで、全部可愛くて目が離せなかった。
――あの日の河川敷。
線香花火の光に照らされた彼女の笑顔。
そして、一瞬だけ覗いてしまった“純白の秘密”。
「……」
思い出すだけで息が詰まった。僕なんかが見ていいものじゃなかったのに。
なのに彼女は、小声で「……見た?」と問いかけた。
その声が頭から離れない。
気づけば、右手が勝手に下半身に伸びていた。
「……陽奈ちゃん」
彼女の名前を呼ぶたびに、愛おしい気持ちが押し寄せてくる。僕の――僕だけの、陽奈ちゃん。
胸の奥から込み上げてくる熱が全身を支配して、もう止められなかった。
「陽奈ちゃん……陽奈ちゃんっ」
何度も名前を呼んでしまう。
苦しくて、でも気持ちよくて、心臓が壊れそうなくらいに速く打ち続ける。
次の瞬間――。
――全身がしびれるような衝撃が走った。
「……っ!」
右手に広がる温かい感触に、呆然とした。
これが、そうなのか。
精通――。
頭では知っていた言葉が、現実のものとして自分に起きてしまった。
息が荒いまま、天井を見上げる。
達成感のようなものと、言いようのない罪悪感が混ざり合って胸に残った。僕は……陽奈ちゃんを想いながら、こんなことを。
「ごめん……」
誰に謝っているのかわからない。でも呟かずにはいられなかった。
翌朝。
学校に行くと、昨日よりずっと元気そうな陽奈ちゃんが笑顔で「おはよ、朋希くん」と声をかけてきた。
――眩しい。
だけど、あんなことをしてしまった僕には、彼女の笑顔がまっすぐに届かない。
「お、おはよう」
精一杯平静を装ったけど、声が裏返りそうになった。
彼女は小首をかしげて、不思議そうに僕を見つめた。もしかしたら、何かを感じ取られたのかもしれない。
でも言えない。言えるはずがない。
僕の胸の奥にだけ、あの夜の秘密と、昨晩のざわめきが残り続ける。
窓の外には、まだ夏の名残をとどめた入道雲。
陽奈ちゃんと、昨日までとは違う僕が、その下で同じ時間を過ごしている。
胸の奥で、言葉にならない熱がまたゆっくりと広がっていった。

