彼とあたしのツインテール

 二学期の最初のホームルーム。みんななんだか少し日焼けして、夏休みの名残が顔に残っていた。
 担任の先生が黒板の前に立って、ものすごくめんどくさそうな声で言った。
「はい、席替えしたい人は勝手にやってくれ。クジとか作んのめんどいからな。ケンカはすんなよ」
 え、そんなのアリ? って一瞬思ったけど、クラスの反応は早かった。
 おもに後ろの席をめぐって、じゃんけん大会が勃発している。特等席を勝ち取った男子の声、前に座りたい女子の交渉――教室は小さな市場みたいににぎやかになった。
 あたしは、くすっと笑ってそんな様子を眺めていた。どうしようかな、って考える。
 ほんとは窓際の後ろの方がいいな。風が入ってくるし、外の景色も見えるから。だけど、そこを狙ってる男子がすでに三人集まってじゃんけんしてる。あの中に割って入るのはちょっと面倒。
 ふと視線を隣に移す。
 朋希くんは机に突っ伏したまま、まるで他人事みたいにじゃんけんを眺めていた。
 ――変わらないなぁ。
 そう思ったら、胸の奥が少しあったかくなった。
 夏休みの間、部活の友達とばかり過ごしていて、朋希くんと話せたのは夏祭りの日だけだった。だからってどうってことはない。あたしたちは「隣の席」なだけで、特別な関係ってわけじゃないんだから。
 でも、今またこうして隣に座っていると、やっぱり落ち着く。声をかければ返事をしてくれるし、休み時間に本を読んでるときも、話しかければちょっと困ったように笑って顔を上げる。
 その「ちょっと困った顔」が、なんだか好きだ。
 あたしはいつの間にか、そんな日々が当たり前でなくなるのが――ちょっと不安で、怖くなってたんだと思う。
「ねえ」
 気づいたら、口から声が出ていた。
 朋希くんがびくっと肩を揺らして、顔を上げる。机に押しつぶされてた前髪が少し跳ねていて、思わず笑いそうになった。
「あのさ、二学期もこのままの席でいいよね?」
 軽く首をかしげて、いつもの笑顔を作る。そうすれば、彼はきっと断れない。いや、断られたら困るんだけど。
 朋希くんの目が大きくなって、頬に赤みが差した。
「う、うん。もちろん」
 やっぱり。
 その答えを聞いただけで、胸がすっと軽くなった。
 ――よかった。
 本当はね、この席を変えたくなかったの。夏祭りの日から、なんだか少しだけ、朋希くんのことを意識するようになってしまったから。
 あの河川敷での秘密。誰にも言えない、小さな出来事。あれを思い出すと、顔が熱くなる。
 他の子から見たら、ただの「仲のいいクラスメイト」なんだと思う。でもあたしにとっては、少し違う。なんだろう、言葉にするのはむずかしいけど――。
 こうやって隣にいると、安心するんだ。

「もういいか? じゃあ席替え終了なー」
 みんなの移動がある程度落ち着いたのを見て、担任がだるそうに言う。
 結局、じゃんけんに勝った子たちは満足げに席を移動し、負けた子はしぶしぶ妥協していた。だけどあたしと朋希くんは、そのまま動かずに座っている。
 それがなんだか誇らしくて、つい髪の毛を指先でくるくるといじってしまう。耳の横で結んだツインテールが、さらりと肩に触れた。
「ね、やっぱりこの席、落ち着くよね」
「うん……そうだね」
 彼の返事は相変わらず控えめだけど、その声を聞くだけで笑顔になれる。
 二学期の始まり。
 窓から吹き込む風に、カーテンがふわっと揺れた。教室の喧騒の中で、あたしは静かに思った。
 ――この場所を守れてよかった。
 この隣が、あたしの居場所なんだ。