彼とあたしのツインテール

 夏の太陽は、校庭に容赦なく照りつけていた。白いラインが引かれたグラウンドに、赤や白のハチマキを巻いた生徒たちが溢れている。
 熱気と歓声、そして砂の匂い。今年の体育祭は特別に胸が高鳴っていた。
 ――だって、あたしはクラス対抗リレーの走者に選ばれているから。
 陸上部だから足の速さに自信はある。けど、クラスの勝敗がかかる舞台で走るのは初めてで、思っていた以上に緊張していた。耳の横で結んだツインテールが汗ばむ首筋に当たるたび、気持ちが少しだけ落ち着く。
 出番が近づくと、クラスの応援席から「高瀬! 頼むぞ!」という声が飛んできた。思わず手を振り返したけれど、視線の中にひとりだけ、特別に気になる顔がある。
 ――朋希くん。
 いつものように少し背を丸めて、でもじっとこちらを見ていた。あの真面目そうな目が、今日はなぜかやけに熱を帯びて映る。胸の奥がくすぐったくなって、思わず視線をそらした。

 いよいよリレーが始まった。第一走者がスタートラインに並ぶ。
 ピストルの音とともに一斉に駆け出した。
 ――あっ。
 うちのクラスは出遅れてしまった。隣のクラスとの差はすぐに広がっていく。応援席からは「頑張れー!」と声が響くけれど、あたしの胸は不安でいっぱいだった。
 四番手のあたしにバトンが回ってくる頃には、トップとの差は大きい。けれど、スタンバイした瞬間、不思議と怖さは消えていた。
 ――追いつける。いや、追いついてみせる。
 バトンを受け取って一気に加速すると、風が全身を包み込んだ。耳の横のツインテールが大きく跳ねて、頬に汗が散る。前を行く背中をひとつ、またひとつと捉えて抜いていくたび、歓声が大きくなるのがわかった。
「陽奈ー! いけーっ!」
 誰の声かはわからない。でも、あの中にきっと朋希くんの声も混じっている。そう思うだけで、足はさらに速く回転した。
 気づけば順位は二位。最後のカーブを曲がり、ゴール前に立つアンカーへと一直線に走る。バトンを差し出した先にいたのは――慧。
「よっしゃ、任せろ!」
 力強く受け取った慧の背中がどんどん小さくなる。トラックをぐるりと一周する間に、先頭との差をみるみる詰めていく。
 そして――最後の直線。アウトコースから一気にトップに躍り出た。そのままゴールテープを切った瞬間、観客席が割れるような歓声に包まれた。
「やったーっ!」
 思わず跳ねるように叫んでいた。全身が熱くて、汗と涙が混ざりそう。そこへ慧が戻ってきて、笑顔で手を突き出してくる。
「ナイス、陽奈!」
「慧こそ!」
 自然にハイタッチしていた。乾いた音が響き、二人して笑い合う。その瞬間だけは、努力がすべて報われたようで、胸がいっぱいになった。
 でも――ふと応援席を見たとき。
 朋希くんと目が合った。
 彼は両手を叩いていたけれど、その笑顔にはほんの少し影が差して見えた。たぶん気のせい。でも、あたしの心に小さなひっかかりを残した。
 ――慧と笑い合う姿を、どう思ったんだろう。
 考えたら、胸の奥がまたざわついてしまう。勝利の喜びで高鳴る鼓動の中に、別の響きが混じってしまったみたいだった。

 そのあともクラスのみんなは大騒ぎで、あたしと慧は胴上げされそうになるくらい持ち上げられた。笑顔で応えていたけど、心のどこかで、朋希くんの表情ばかり探している自分がいた。
 ――どうしてだろう。
 ただのクラスメイトのはずなのに。勝利の余韻に浸る今も、あの視線を思い出すたび、胸がじんわり熱くなる。
 夏の太陽の下で感じたのは、勝利の喜びと――もうひとつ。自分でもうまく言葉にできない、少し苦しいような、とても甘いような気持ちだった。