窓から吹き込む春の風が、教室に貼られた時間割をかすかに揺らした。
国語の授業。先生の声が教室に響いているのに、あたしの集中はまったく続いていなかった。
隣の席の朋希くんに、「名前で呼んでみて」とからかい半分でお願いした、あの日のことを思い出す。
「いやだよ」って返されると思ってたのに、彼は赤くなりながらもちゃんと「陽奈ちゃん」って言ってくれた。
その瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられたようで。あたしは「へへっ」と笑ってごまかしたけど、本当は一晩中、何度も思い出して眠れなかった。
でも……正直に言うと、あのときの彼の照れた顔を思い出すと、くすぐったくて、ちょっと可愛いなって思った。
それだけ。
……少なくとも、授業が始まる前は、それくらいの気持ちのはずだった。
今日の国語、どうも彼は落ち着きがない。
何度もペンを持ち直して、視線を泳がせて。ノートに文字を書いたかと思えば消しゴムをかけて。
(どうしたんだろ……?)
そのとき、びりっ――と小さな音がした。彼がノートの端を破り取り、何かを書きつけている。
胸がドクンと跳ねた。
やがて、彼の手が机の上をすべる。折りたたまれた小さな紙切れが、あたしの方へと押し出される。
(まさか……!)
心臓の音がうるさい。先生の声が遠のいていく。慌てて紙を机の下に隠し、そっと開いた。
――“髪型、可愛いね”
一瞬、息が止まった。
……髪型。耳の横で結んだこのツインテール。
今日もちゃんと鏡で整えてきたけど、まさか彼から褒められるなんて。いつもおどおどしているけれど、大胆なところもあるのかな。
「可愛い」なんて、男子からは何度も言われてきた。冷やかし半分だったり、軽い調子だったり。でも、こんなふうに小さな文字で、わざわざ書いてくれたことは一度もない。
(……あたしのこと、本気で見てくれてる?)
指先が震えそうになる。
どう返したらいいのかわからない。けど、返さなきゃ。
あたしは迷った末に、シャーペンを走らせた。今の気持ちを全部込めた、精一杯の一言。
そっと彼の机に滑らせる。
彼は驚いたように目を見開き、次の瞬間、信じられないくらい嬉しそうな顔をして、その紙を大事そうにノートにしまった。
(……やばい。可愛い)
胸がいっぱいになって、思わず視線をそらした。頬が熱い。
そのあと、授業の内容なんてまったく頭に入らなかった。
机の下の紙切れを何度も広げては見返し、あたしは口元を隠しながらにやけているのだった。
放課後。
カバンに教科書を詰めながら、あたしはまだそわそわしていた。帰り道、彼と一緒になるかな……。でも話しかけたら変かな……。
昇降口を出ると、ちょうど彼が靴を履き替えているところだった。
(あ……!)
目が合う。
思わず視線を逸らす。でも、次の瞬間――
「……いっしょに帰る?」
彼の方から声をかけてくれた。
「うん」
気づいたら、即答していた。
すっかり葉桜になった並木道を二人で歩く。春の夕方の風が心地いい。
お互いにほとんどしゃべらない。けど、沈黙が嫌じゃない。むしろ、心臓の音を聞かれそうで困る。
途中の横断歩道で信号待ちになったとき、あたしは思わずカバンを抱きしめた。
中には、さっきの紙切れ。ただのノートの切れ端なのに、どうしようもなく大事に思える。
横を見ると、彼もなんだか落ち着かない様子で、靴の先を見つめている。
(……ほんと、不器用だなあ。でも……)
その不器用さごと、全部が愛おしく感じられてしまう。
やがて青信号になって、あたしは歩き出す。髪型を褒めてくれた、彼の言葉を思い出しながら。
風に乗って、ふわりとツインテールが揺れた。
国語の授業。先生の声が教室に響いているのに、あたしの集中はまったく続いていなかった。
隣の席の朋希くんに、「名前で呼んでみて」とからかい半分でお願いした、あの日のことを思い出す。
「いやだよ」って返されると思ってたのに、彼は赤くなりながらもちゃんと「陽奈ちゃん」って言ってくれた。
その瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられたようで。あたしは「へへっ」と笑ってごまかしたけど、本当は一晩中、何度も思い出して眠れなかった。
でも……正直に言うと、あのときの彼の照れた顔を思い出すと、くすぐったくて、ちょっと可愛いなって思った。
それだけ。
……少なくとも、授業が始まる前は、それくらいの気持ちのはずだった。
今日の国語、どうも彼は落ち着きがない。
何度もペンを持ち直して、視線を泳がせて。ノートに文字を書いたかと思えば消しゴムをかけて。
(どうしたんだろ……?)
そのとき、びりっ――と小さな音がした。彼がノートの端を破り取り、何かを書きつけている。
胸がドクンと跳ねた。
やがて、彼の手が机の上をすべる。折りたたまれた小さな紙切れが、あたしの方へと押し出される。
(まさか……!)
心臓の音がうるさい。先生の声が遠のいていく。慌てて紙を机の下に隠し、そっと開いた。
――“髪型、可愛いね”
一瞬、息が止まった。
……髪型。耳の横で結んだこのツインテール。
今日もちゃんと鏡で整えてきたけど、まさか彼から褒められるなんて。いつもおどおどしているけれど、大胆なところもあるのかな。
「可愛い」なんて、男子からは何度も言われてきた。冷やかし半分だったり、軽い調子だったり。でも、こんなふうに小さな文字で、わざわざ書いてくれたことは一度もない。
(……あたしのこと、本気で見てくれてる?)
指先が震えそうになる。
どう返したらいいのかわからない。けど、返さなきゃ。
あたしは迷った末に、シャーペンを走らせた。今の気持ちを全部込めた、精一杯の一言。
そっと彼の机に滑らせる。
彼は驚いたように目を見開き、次の瞬間、信じられないくらい嬉しそうな顔をして、その紙を大事そうにノートにしまった。
(……やばい。可愛い)
胸がいっぱいになって、思わず視線をそらした。頬が熱い。
そのあと、授業の内容なんてまったく頭に入らなかった。
机の下の紙切れを何度も広げては見返し、あたしは口元を隠しながらにやけているのだった。
放課後。
カバンに教科書を詰めながら、あたしはまだそわそわしていた。帰り道、彼と一緒になるかな……。でも話しかけたら変かな……。
昇降口を出ると、ちょうど彼が靴を履き替えているところだった。
(あ……!)
目が合う。
思わず視線を逸らす。でも、次の瞬間――
「……いっしょに帰る?」
彼の方から声をかけてくれた。
「うん」
気づいたら、即答していた。
すっかり葉桜になった並木道を二人で歩く。春の夕方の風が心地いい。
お互いにほとんどしゃべらない。けど、沈黙が嫌じゃない。むしろ、心臓の音を聞かれそうで困る。
途中の横断歩道で信号待ちになったとき、あたしは思わずカバンを抱きしめた。
中には、さっきの紙切れ。ただのノートの切れ端なのに、どうしようもなく大事に思える。
横を見ると、彼もなんだか落ち着かない様子で、靴の先を見つめている。
(……ほんと、不器用だなあ。でも……)
その不器用さごと、全部が愛おしく感じられてしまう。
やがて青信号になって、あたしは歩き出す。髪型を褒めてくれた、彼の言葉を思い出しながら。
風に乗って、ふわりとツインテールが揺れた。

