二月十四日。カレンダーのその数字を見つめながら、あたしは何度も深呼吸を繰り返した。
バレンタイン。女子が男子にチョコを渡す日。
クラスの女子たちは一週間も前から盛り上がっていて、手作り派だのラッピングがどうだのと話題が尽きない。
そんな中、あたしはただ心臓がばくばくしていた。
――だって、あたし料理できないんだもん。
家庭科の調理実習では、いつも「味見係」とか「お皿を運ぶ係」に徹して、さりげなく逃げてきた。男子が張り切って全部やってくれるから、それに甘えてきただけ。
誰も気づいてない……と思う。
でも、朋希くんに渡すなら、やっぱり手作りじゃなきゃ嫌だった。
あたしが本気で頑張ったんだって、伝えたい。
だから台所に立って、チョコを溶かして、型に流して――と、やってみたけど。
……正直、ひどい出来だった。
形はでこぼこで、ラッピングしてごまかしても不格好なのがわかっちゃうし、味見してみたら、苦い。甘さよりも、焦げたような風味が強くて。
これ、本当に渡していいのかな。
もう市販のきれいなチョコを買って渡した方が……と何度も思った。
けれど、それをしてしまったら“自分に負けた”みたいで、どうしても踏み切れない。
当日までうだうだ悩み続けたけど、答えは出なかった。
……重たい気持ちを抱えて、あたしは学校へと向かった。カバンの中の不格好なチョコと一緒に。
学校では案の定、慧がモテモテだった。
朝から下駄箱のあたりで何人もの女子に呼び止められて、手提げ袋がどんどん膨らんでいく。
「すごーい、十個目だって!」なんて声が聞こえてくるたびに、男子たちは冷やかして、女子はうっとりしていた。
あたしだって慧の人気はわかってる。見た目も中身も絵に描いたようにモテる人だし。
でも、あたしが渡したいのは慧じゃない。
そっと視線を逸らしつつ、隣で所在なさげに座っている朋希くんをちらっと盗み見た。
彼の机の上には、何もない。
ちょっと切なそうに見えるのは気のせいかな。
……ごめん。あたしが勇気出せてないせいで。
なんだか、彼の反応がこんなに怖いって思うのは、これが初めてかもしれない。
結局、渡せないまま放課後になってしまった。
あぁ、あたし何してるんだろう。こんなことなら、朝に何気なく渡してしまえばよかったな。
ともかく、もう帰り際しかない。
昇降口で靴を履いている朋希くんを見つけて、思わず声をかけていた。
「朋希くん!」
「え、陽奈ちゃん?」
振り返った彼は、目を丸くした。周りにはもう人も少なくて、ここならいいかなって。
あたしはカバンから小さな包みを取り出して、両手で差し出した。
「その……出来が悪くて、渡そうかどうか、ずっと悩んでたんだけど」
頬が熱くなるのを感じながら、言葉をつなぐ。
朋希くんの瞳が、包みとあたしの顔を交互に見て、揺れてるのがわかった。
「これ、あたしが作ったの。受け取ってくれる?」
少しの間があったけど、彼はそっと受け取ってくれた。
「ありがとう」って、小さな声で。
それだけで、苦労した甲斐があったなって思えた。
帰り道の途中、公園のベンチに座った。
「ちょっと食べてみようか?」って言い出したのはあたしの方だったけど、正直すごく怖かった。
だって、まずいのは自分でもわかってるんだもん。
朋希くんが包みを開けて、不格好なチョコをじっと見てる。やっぱり恥ずかしい。
「形、変でしょ?」
「いや、その……味だよね」
「うっ、わかってるってば」
覚悟を決めて、ひとつを口に入れた朋希くん。
すぐに顔が引きつった。眉がかすかに跳ねて、困ったような表情が浮かんだのを、あたしは見逃さなかった。
「……苦い?」
「ちょっと、ね」
あぁ、やっぱり。胸がぎゅっと縮んで、言葉が出なくなる。
「ごめん。あたし、実は料理ダメでさ。家庭科もごまかしてきただけで……。幻滅されちゃうよね」
吐き出すように言うと、朋希くんは少し目を見開いて、すぐに首を振った。
「幻滅なんてするわけないよ。僕、手作りなんてもらうの初めてだし。本当に嬉しい。……それに、陽奈ちゃんの秘密、また知れたしね」
“秘密”――その一言が、あたしたちだけの小さな絆みたいに胸に沁みた。
「……ありがと」
ぽつりと呟いた声は、冷たい冬の空気に吸い込まれていった。
それから勢いで言っちゃった。
「でもこれから頑張るから、将来は期待しててね!」
――将来。
自分で口にして、顔が一気に熱くなった。
「しょ、将来って……?」
戸惑ったように瞬きをする朋希くん。その仕草が見えた瞬間、あたしの心臓も跳ね上がった。
「べ、別に、深い意味はないし!」
慌ててごまかしたけど、もう隠しようがないよね。
そう思っていたら、彼はあたしと目を合わせて――。
「――約束だよ」
凛とした表情で、追い打ちをかけられてしまった。
決して、でたらめを言ったつもりなんてなかったけど。
朋希くんの言葉が胸に落ちた瞬間、それはあたしの確かな目標になった。
そのことが、冬の空気さえあったかく感じるほど嬉しかった。
バレンタイン。女子が男子にチョコを渡す日。
クラスの女子たちは一週間も前から盛り上がっていて、手作り派だのラッピングがどうだのと話題が尽きない。
そんな中、あたしはただ心臓がばくばくしていた。
――だって、あたし料理できないんだもん。
家庭科の調理実習では、いつも「味見係」とか「お皿を運ぶ係」に徹して、さりげなく逃げてきた。男子が張り切って全部やってくれるから、それに甘えてきただけ。
誰も気づいてない……と思う。
でも、朋希くんに渡すなら、やっぱり手作りじゃなきゃ嫌だった。
あたしが本気で頑張ったんだって、伝えたい。
だから台所に立って、チョコを溶かして、型に流して――と、やってみたけど。
……正直、ひどい出来だった。
形はでこぼこで、ラッピングしてごまかしても不格好なのがわかっちゃうし、味見してみたら、苦い。甘さよりも、焦げたような風味が強くて。
これ、本当に渡していいのかな。
もう市販のきれいなチョコを買って渡した方が……と何度も思った。
けれど、それをしてしまったら“自分に負けた”みたいで、どうしても踏み切れない。
当日までうだうだ悩み続けたけど、答えは出なかった。
……重たい気持ちを抱えて、あたしは学校へと向かった。カバンの中の不格好なチョコと一緒に。
学校では案の定、慧がモテモテだった。
朝から下駄箱のあたりで何人もの女子に呼び止められて、手提げ袋がどんどん膨らんでいく。
「すごーい、十個目だって!」なんて声が聞こえてくるたびに、男子たちは冷やかして、女子はうっとりしていた。
あたしだって慧の人気はわかってる。見た目も中身も絵に描いたようにモテる人だし。
でも、あたしが渡したいのは慧じゃない。
そっと視線を逸らしつつ、隣で所在なさげに座っている朋希くんをちらっと盗み見た。
彼の机の上には、何もない。
ちょっと切なそうに見えるのは気のせいかな。
……ごめん。あたしが勇気出せてないせいで。
なんだか、彼の反応がこんなに怖いって思うのは、これが初めてかもしれない。
結局、渡せないまま放課後になってしまった。
あぁ、あたし何してるんだろう。こんなことなら、朝に何気なく渡してしまえばよかったな。
ともかく、もう帰り際しかない。
昇降口で靴を履いている朋希くんを見つけて、思わず声をかけていた。
「朋希くん!」
「え、陽奈ちゃん?」
振り返った彼は、目を丸くした。周りにはもう人も少なくて、ここならいいかなって。
あたしはカバンから小さな包みを取り出して、両手で差し出した。
「その……出来が悪くて、渡そうかどうか、ずっと悩んでたんだけど」
頬が熱くなるのを感じながら、言葉をつなぐ。
朋希くんの瞳が、包みとあたしの顔を交互に見て、揺れてるのがわかった。
「これ、あたしが作ったの。受け取ってくれる?」
少しの間があったけど、彼はそっと受け取ってくれた。
「ありがとう」って、小さな声で。
それだけで、苦労した甲斐があったなって思えた。
帰り道の途中、公園のベンチに座った。
「ちょっと食べてみようか?」って言い出したのはあたしの方だったけど、正直すごく怖かった。
だって、まずいのは自分でもわかってるんだもん。
朋希くんが包みを開けて、不格好なチョコをじっと見てる。やっぱり恥ずかしい。
「形、変でしょ?」
「いや、その……味だよね」
「うっ、わかってるってば」
覚悟を決めて、ひとつを口に入れた朋希くん。
すぐに顔が引きつった。眉がかすかに跳ねて、困ったような表情が浮かんだのを、あたしは見逃さなかった。
「……苦い?」
「ちょっと、ね」
あぁ、やっぱり。胸がぎゅっと縮んで、言葉が出なくなる。
「ごめん。あたし、実は料理ダメでさ。家庭科もごまかしてきただけで……。幻滅されちゃうよね」
吐き出すように言うと、朋希くんは少し目を見開いて、すぐに首を振った。
「幻滅なんてするわけないよ。僕、手作りなんてもらうの初めてだし。本当に嬉しい。……それに、陽奈ちゃんの秘密、また知れたしね」
“秘密”――その一言が、あたしたちだけの小さな絆みたいに胸に沁みた。
「……ありがと」
ぽつりと呟いた声は、冷たい冬の空気に吸い込まれていった。
それから勢いで言っちゃった。
「でもこれから頑張るから、将来は期待しててね!」
――将来。
自分で口にして、顔が一気に熱くなった。
「しょ、将来って……?」
戸惑ったように瞬きをする朋希くん。その仕草が見えた瞬間、あたしの心臓も跳ね上がった。
「べ、別に、深い意味はないし!」
慌ててごまかしたけど、もう隠しようがないよね。
そう思っていたら、彼はあたしと目を合わせて――。
「――約束だよ」
凛とした表情で、追い打ちをかけられてしまった。
決して、でたらめを言ったつもりなんてなかったけど。
朋希くんの言葉が胸に落ちた瞬間、それはあたしの確かな目標になった。
そのことが、冬の空気さえあったかく感じるほど嬉しかった。

