秋の午後。窓から差し込む陽射しが柔らかくなってきて、教室の中もなんだか落ち着いた雰囲気。
 そんな中、男子たちの声だけがやけに賑やかだった。
「ビアンカだろ!」「いや、フローラ一択だって!」
 ああ、ドラクエの新作の話題だ。実はあたしも遊んだからわかる。ゲームの中で結婚するんだけど、どっちをお嫁さんにするか、大いに悩んだなあ。
「朋希、お前どっちにした?」
 あたしは遠巻きに眺めていただけなんだけど、彼の名前が耳に飛び込んできて、思わず身を乗り出してしまった。
 どうやら、朋希くんはビアンカと結婚したみたい。少し照れながらも、その理由を珍しく熱弁しているのがなんだか可愛く見えた。
「本当はちょっと陽奈に性格似てると思ったからだろ?」
 慧がニヤニヤしながら茶化すと、彼は耳まで真っ赤になっていた。
 みんな笑っているけど、あたしはドキッとした。あたしと似てるから、って……本気なの?
 慧はフローラ派らしい。「花婿候補に手を挙げた以上、途中で放り出すなんて男じゃないし、恥をかかせてしまうだろ」だって。
 そんなふうに言うあたり、慧ってやっぱり格好いいんだよね。クラスの女子が憧れるのも無理ない。
 けどあたしは――。
 朋希くんがビアンカを選んだことの方に、どうしても嬉しさを感じてしまっていた。だって、あたしも一緒だったから。

 放課後。赤く染まりはじめた空の下、二人で並んで歩く。ツインテールが風に揺れて、首筋がちょっとひんやりする。
 話題はさっきのドラクエの話。――実はちょっとだけ意地悪してみたくなって、あたしの方から切り出してみたんだけどね。
「ビアンカを選んだ理由、慧にツッコまれてたよね。あれ、ほんと?」
「え、なんのことかな」
 ふふっ。本当にごまかすのが下手だなあ。
「あたしは、どっちかというとフローラっぽくない? こんなにお淑やかだし」
 なんてね。少し首をかしげながら、唇に人差し指を当て、上品ぶってポーズをとってみせた。
「え? ……いやいやいや! 陽奈ちゃんはビアンカそっくりだよ――あっ」
 ――ほらね。
「あはは、やっぱり図星だったんだ! でも、あたしのこと選んでくれたみたいで、照れちゃうな~」
「べ、別に。ゲームの話だから!」
 慌てて否定してくる朋希くんの顔は、耳まで真っ赤になっていた。
 でも、ゲームで遊んでるときまであたしのことを意識してくれていたことが、ちょっぴり照れくさくて、だけど幸せだった。

 話が落ち着いたところで、あたしは呟いた。
「結婚かぁ。まだ、あたしには想像もつかないや。……それよりさ、まずは進路だよね」
 あたしは陸上で高校に行くつもり。顧問の先生も、推薦の話をちらつかせてるし。
 でも、朋希くんはきっと進学校を受験するんだろうな。
「こうやって毎日当たり前に会えるのも、卒業までなんだよね」
 笑ってみせたけれど、胸の奥がぎゅっと締めつけられるようだった。
「……そうだね」
 彼は俯きながら静かに答えた。
 残された時間の少なさを、噛みしめているのだろう。さっきまで楽しく話していたのが嘘のように、二人とも無言になる。
 オレンジ色の夕陽が、朋希くんの横顔を照らしている。彼の視線の先をたどると、並木道に舞う落ち葉が目に入った。
 秋の終わりが、すぐそこまで来ていた。
「ねえ、朋希くん」
 あたしは震える声で朋希くんに呼びかけた。
「別々の高校に行ったら、きっとお互い新しい友達ができて。新しい関係で、いろんな経験をしてさ……」
 ぼんやりと前を見つめ、少し間を置いてから付け足した。
「それでも、あたしたち、ずっと同じ関係でいられるのかな?」
 彼は答えに詰まったように俯いていた。あたしもそれ以上は聞けなかった。
 ――朋希くんは、あたしをビアンカに重ねて見ている。それはあたしも同じことで。
 思春期という“冒険”をともに駆け抜けて、遥かな地平の彼方まで、一緒に旅を続けたい相手。
 だけど現実は甘くない。卒業して違う時間を過ごすようになったら、朋希くんもあたしも、きっと変わっていく。
 そして、人はそれを「成長」と呼ぶのだろう。

 離れ離れになった主人公とビアンカは、大人になって再会する。あたしたちもそうなったら、とてもロマンチックだけど――。
 そのとき、朋希くんはあたしの手を、ちゃんと掴んでくれるのかな。
 胸の奥に、ちくりとした切なさが広がった。