舞台の練習もだいぶ形になってきた。大道具も衣装も整い、あとは本番を待つばかり――けれど、ひとつだけ大きな問題が残っていた。
それは、クライマックスの「姫と王子の永遠の愛を誓うキスシーン」。
慧だったら、きっと堂々とこなしたんだろうなと思う。だけど、代役に決まった朋希くんと読み合わせをしていると、その場面になるたびになんだか気恥ずかしくなってしまう。
そんなあたしたちを見かねたのか、演出係の女子が口を挟んできた。
「大丈夫だって。本当にキスするわけじゃないよ。ライトと立ち位置でそう見せるだけだから」
思わずほっとして、笑ってしまった。
「そ、そうだよね。よかった」
「うん、さすがにね」
そう言い合って、二人で顔を見合わせる。恥ずかしいはずなのに、なんだかおかしくて。緊張が少しだけ和らいだ瞬間だった。
衣装合わせの日。
あたしは鏡の前で、真っ白なドレスを着せられて思わず息を呑んだ。
肩から背中へ、ふわりと広がる薄布のドレープ。リボンでまとめられたツインテール。口には出さなかったけど、自分でも「これ、ちょっと本物の姫みたいかも」なんて思ってしまった。
クラスの女子たちからは「陽奈かわいすぎ!」「絶対似合うと思った!」って声が飛んでくるし、男子たちは遠巻きにあたしを見てざわついている。
なんとなくで決まってしまった主役。でもみんなの反応を見ていると、やっぱり引き受けて良かったって思えてくる。
そして横を見ると、王子の衣装を着た朋希くんが立っていた。
正直に言えば、背もあたしよりちょっと低いし、慧みたいに堂々と似合っているわけじゃない。だけど、背筋をぴんと伸ばして立つその姿は、ちゃんと「王子」だった。少し頬を赤くしているところも、逆に真面目さが伝わってきて――。
(……やっぱり、いいじゃん)
胸の奥がちょっとだけ温かくなった。みんなも少しは見直してくれたんじゃないかな。
そして迎えた当日。
講堂に集まった観客たちの前で、幕が上がる。最初こそ緊張で足がすくみそうだったけど、舞台の熱気に押されるうちに、だんだんと役に入り込んでいけた。
大道具係や脇役のみんなの動きも完璧。観客からは笑い声や拍手が自然に起こる。あたしたちのクラスの演劇は、間違いなく成功していた。
夢中で演じているうちに、気づけばクライマックス。王子が姫を助け出し、永遠の愛を誓う――その瞬間。
立ち位置もライトも、全部わかっている。唇が触れないように工夫されている。だから練習通りにやればいい。そうすれば失敗なんてしない。
……でも。
朋希くんが、真剣な眼差しであたしを見つめているのを感じた瞬間、心臓が胸の奥で大きく跳ねた。いつもは不器用でおどおどしている彼が、舞台の上ではまっすぐに目を合わせてくるんだもの。
彼とこんなに見つめ合うなんて初めてで、その瞳に、あたしは完全に捕まってしまった。
だから、幕が下りる前に。
あたしが、あたしに戻る前に。
本当のお姫様にしてほしいなって、そう思って――。
(……一瞬だけで、いいから)
舞台のライトの下、誰にも気づかれないように。
あたしはそっと唇を触れさせた。
観客席から、あくまで「キスをしたように見える」歓声と拍手が響き渡る中、幕が下りた。
朋希くんは顔を真っ赤にして、目を泳がせていた。
「……あの、いまの……」
「え? 何のこと?」
咄嗟にとぼけてみたけど、頬が熱くなっているのは隠しようがなかったと思う。彼の表情も同じで、それだけで十分すぎる答えになっていた。
えへへ、しちゃった。でも決して勢いなんかではなく――あたしの本当の気持ちを伝えたつもりだった。
余韻が醒める間もなく、慧が足を引きずってやってきた。
「……かっこよかったぜ。正直、俺がやるよりもお似合いだったな」
あたしたち二人をまっすぐに見て、笑ってそう言った。
「それはないってば!」
あたしは照れ隠しでそう返したけれど。
朋希くんは本当に格好良くて、あたしが思っていた通りの王子様で。彼とだからこそ、あたしは姫になりきれたんだと思う。
できれば、舞台から降りてもそれが続いたら――。
あたしの胸の奥に、そんな希望が静かに灯っていた。
それは、クライマックスの「姫と王子の永遠の愛を誓うキスシーン」。
慧だったら、きっと堂々とこなしたんだろうなと思う。だけど、代役に決まった朋希くんと読み合わせをしていると、その場面になるたびになんだか気恥ずかしくなってしまう。
そんなあたしたちを見かねたのか、演出係の女子が口を挟んできた。
「大丈夫だって。本当にキスするわけじゃないよ。ライトと立ち位置でそう見せるだけだから」
思わずほっとして、笑ってしまった。
「そ、そうだよね。よかった」
「うん、さすがにね」
そう言い合って、二人で顔を見合わせる。恥ずかしいはずなのに、なんだかおかしくて。緊張が少しだけ和らいだ瞬間だった。
衣装合わせの日。
あたしは鏡の前で、真っ白なドレスを着せられて思わず息を呑んだ。
肩から背中へ、ふわりと広がる薄布のドレープ。リボンでまとめられたツインテール。口には出さなかったけど、自分でも「これ、ちょっと本物の姫みたいかも」なんて思ってしまった。
クラスの女子たちからは「陽奈かわいすぎ!」「絶対似合うと思った!」って声が飛んでくるし、男子たちは遠巻きにあたしを見てざわついている。
なんとなくで決まってしまった主役。でもみんなの反応を見ていると、やっぱり引き受けて良かったって思えてくる。
そして横を見ると、王子の衣装を着た朋希くんが立っていた。
正直に言えば、背もあたしよりちょっと低いし、慧みたいに堂々と似合っているわけじゃない。だけど、背筋をぴんと伸ばして立つその姿は、ちゃんと「王子」だった。少し頬を赤くしているところも、逆に真面目さが伝わってきて――。
(……やっぱり、いいじゃん)
胸の奥がちょっとだけ温かくなった。みんなも少しは見直してくれたんじゃないかな。
そして迎えた当日。
講堂に集まった観客たちの前で、幕が上がる。最初こそ緊張で足がすくみそうだったけど、舞台の熱気に押されるうちに、だんだんと役に入り込んでいけた。
大道具係や脇役のみんなの動きも完璧。観客からは笑い声や拍手が自然に起こる。あたしたちのクラスの演劇は、間違いなく成功していた。
夢中で演じているうちに、気づけばクライマックス。王子が姫を助け出し、永遠の愛を誓う――その瞬間。
立ち位置もライトも、全部わかっている。唇が触れないように工夫されている。だから練習通りにやればいい。そうすれば失敗なんてしない。
……でも。
朋希くんが、真剣な眼差しであたしを見つめているのを感じた瞬間、心臓が胸の奥で大きく跳ねた。いつもは不器用でおどおどしている彼が、舞台の上ではまっすぐに目を合わせてくるんだもの。
彼とこんなに見つめ合うなんて初めてで、その瞳に、あたしは完全に捕まってしまった。
だから、幕が下りる前に。
あたしが、あたしに戻る前に。
本当のお姫様にしてほしいなって、そう思って――。
(……一瞬だけで、いいから)
舞台のライトの下、誰にも気づかれないように。
あたしはそっと唇を触れさせた。
観客席から、あくまで「キスをしたように見える」歓声と拍手が響き渡る中、幕が下りた。
朋希くんは顔を真っ赤にして、目を泳がせていた。
「……あの、いまの……」
「え? 何のこと?」
咄嗟にとぼけてみたけど、頬が熱くなっているのは隠しようがなかったと思う。彼の表情も同じで、それだけで十分すぎる答えになっていた。
えへへ、しちゃった。でも決して勢いなんかではなく――あたしの本当の気持ちを伝えたつもりだった。
余韻が醒める間もなく、慧が足を引きずってやってきた。
「……かっこよかったぜ。正直、俺がやるよりもお似合いだったな」
あたしたち二人をまっすぐに見て、笑ってそう言った。
「それはないってば!」
あたしは照れ隠しでそう返したけれど。
朋希くんは本当に格好良くて、あたしが思っていた通りの王子様で。彼とだからこそ、あたしは姫になりきれたんだと思う。
できれば、舞台から降りてもそれが続いたら――。
あたしの胸の奥に、そんな希望が静かに灯っていた。

