彼とあたしのツインテール

 秋の気配が深まってきた校舎には、どこかそわそわした空気が漂っていた。
 廊下を歩けば画用紙や絵の具の匂いがして、教室のドアを開ければ、机や椅子があちこちに動かされている。そう、文化祭の準備期間だ。
 あたしたちのクラスは演劇をやることになって、今日はその配役決めの日。主役の王子役と姫役をどうするかって話になっている。
「やっぱり姫は陽奈しかいないでしょ」
「えー、そんなことないよ!」
 友達に言われてあたしはごまかしたけど、心のどこかではちょっぴり期待している自分がいた。ツインテールを揺らしながら「まさかね」って顔をしてみせても、みんなの視線があたしに集まってるのもなんとなくわかる。
「なんか高瀬が姫役やるみたいだぞ。となると王子役は……慧しかいないよな」
「俺かよ、まぁいいけど?」
 王子役には慧が推されてるみたい。まあ、背が高くて顔立ちも端正で、サッカー部で人気者。条件そろいすぎだもんね。
 あたしもなんだかんだで悪い気はしなくて、「慧とだったら、まあ見栄えするかな」なんて考えちゃったのは事実。
 結局、みんなの推薦に流されるように、主役は慧とあたしに決まった。みんな「やっぱりね!」って拍手して、教室は大盛り上がり。
 ただ、隣にいる朋希くんの表情は――周りに合わせて笑ってるけど、ちょっと寂しそうだった。
 胸の奥がちくっとする。もしかして、立候補しようか考えてくれてたのかな。でも、この雰囲気じゃなかなか難しいよね。

 放課後、さっそく慧と二人でセリフ合わせをした。
 相手の目を見て言葉を交わすと、不思議なほど自然に役に入り込める。慧の声はよく通るし、立ち姿も堂々としていて、王子そのものだった。
「さすが慧だね……」
 思わず口からこぼれた言葉に、慧はちょっと得意そうに笑った。
 役柄だからこそ堂々と見つめ合える、その瞬間が楽しくて、あたしは胸がわくわくしていた。舞台って、こうやって気持ちを重ねていくものなんだ。
 ――けれど、教室の隅で大道具を作っていた朋希くんの視線には、全然気づかなかった。
 彼がどんな思いであたしたちを見ていたのか、そのときのあたしは知らない。

 事件は、本番まであと一週間というときに起こった。
 部活の練習中、慧がサッカーで転んで足を痛めたのだ。たいしたことはないと本人は笑っていたけれど、包帯でぐるぐる巻きになった足首を見れば、文化祭の舞台なんてとても無理だと誰もが察した。
「どうすんだよ、主役……」
「代役探すしかないな」
 クラス中がざわつく。いまさら代役なんて無茶だと思う子も多いだろう。けれど誰かがやらなきゃいけない。どうするのかと教室に重苦しい空気が漂ったとき――。
「……僕、やります」
 朋希くんがゆっくり手を挙げた。いつもみたいにおどおどしてなくて、ちょっと緊張してるけど真剣で。心臓がドキンと跳ねた。
 でも、一瞬の静寂のあと、周りから不安そうな囁きが次々と漏れ出す。
「真鍋? 本気かよ」
「高瀬と釣り合わないんじゃ……」
「大丈夫か、セリフ覚えられるのか?」
 ……みんな、何もわかってない。
 確かに彼は一見頼りなくてクラスでも地味な存在かもしれない。慧とは正反対のタイプだ。だけど、授業中にこっそり手紙をくれたり、林間学校でお風呂にわざわざ来てくれたり。ここぞというときの勇気や行動力を、あたしは知っているんだ。
 それでも彼はすぐに縮こまり、「やっぱりいいです」と引っ込めそうに見えた。
 ――その瞬間、あたしの中で何かが弾けた。
「ちょっと待って!」
 勢いよく立ち上がり、クラスを見回す。
 ツインテールがぱさりと揺れて、みんなの視線があたしに集まった。
「手も挙げないくせに文句ばっかり言わないでよ! せっかくやるって言ってくれてるのに」
 心臓はドキドキしていたけれど、言葉は自然に出てきた。
 朋希くんを助けるとかじゃなくて。同じクラスになってから重ねてきた、彼とあたしの経験までもが否定されている気がして、許せなかった。
「……あたしは、朋希くんがいいと思う。彼なら絶対できるよ」
 きっぱりと言い切ったあと、振り返って彼の方を見る。
 少し不安そうな朋希くんに向かって、あたしはウィンクしてみせた。
「そうだよね?」
 あたしの言葉に、彼は返事する代わりに――小さく頷いてくれた。
 決意に満ちた、凛々しい顔だった。

 慧と演じたときの楽しさは確かにあった。けれど、ここから先は違う。
 朋希くんとだからこそ生まれる物語を、舞台の上で見せてみたい――心のどこかで、そんなふうに思っていた。