彼とあたしのツインテール

 林間学校って、正直ちょっと面倒くさい。
 虫は多いし、布団は薄いし、旅館は古いし。けど、みんなで来てるって思うと、それはそれで楽しい。夜のキャンプファイアーなんかは、きっと気分が盛り上がるし。……そう思ってたのに。
「陽奈、起きて! もう始まるよ!」
 友達の声で飛び起きたあたしは、完全に寝過ごしていた。
 入浴の時間が終わっていて、髪はまだ夕方のまま、体も汗ばんだまま。ぼんやりした頭のまま浴衣を着直して、慌てて外へ。

 空気は昼間よりひんやりして、頬に気持ちよかった。
 広場の真ん中で、炎が高く燃えている。ぱちぱちと薪のはぜる音、赤と橙の揺らめき。さっきまでの眠気など、一気に焼き払ってしまうような熱さだ。火の粉が空へ舞い上がり、まるで星と手を繋ぐみたいに光っては消えていく。
 そんな、どこか神秘的な炎をみんなで輪になって囲み、フォークダンスが始まる。自然と心が浮き立つのを感じた。炎に照らされたクラスメイトの顔が赤く染まっていて、その中で自分も同じように頬を熱くしていることに気づく。
 最初のペアは慧だった。
「お、陽奈か。よろしくな」
 炎を背景にしてにやっと笑った顔が、ちょっと映画みたいに見えた。背が高くて、手を取ると包み込まれるようで、やっぱり様になるなあって思う。周りの女子たちの視線を感じて、少しだけ鼻が高かった。
 曲とともに、一人ずつペアが交代していく。適当に手を取って笑っていたけど、少しずつ心臓が高鳴る。
 だって、前の方に朋希くんがいるのを見つけちゃったから。
 彼はさっきから、ちらちらとあたしの方を振り返って見てくる。あたしとペアになるのを意識してくれてるのかな。
 一瞬目が合ったけど、すぐに前を向いちゃった。ふふっ、バレてるよ。

 いよいよ順番が巡ってきて、あたしたちは隣同士に並んだ。教室でもいつも隣にいるのに、こうやって炎の光に包まれた横顔を見ると、特別感で心が躍る。
「よろしくね」
 あたしがそう言うと、彼はどこか張り詰めた顔でこちらを見てきた。
 曲に合わせて前に出て、おずおずと手を伸ばしてくる。その指先に、自分の手を重ねた瞬間、ふっと体温が伝わった。思ったよりあったかくて、胸の奥がじんわりして、なぜかちょっと安心した。
 お互いに顔を見合わせて、でもすぐに逸らして。
 やばい、近すぎる。身体もすっかり熱くなって、なんだか――音楽やみんなの足音が聞こえてるはずなのに、二人だけ別の場所にいるみたいで。二人だけの時間が流れているみたいで。
 だからかな。なぜか、ぽろっと言っちゃった。
「――あたし、今日、お風呂まだなんだ」
 言った瞬間、自分で「えっ?」と思った。
 なんでこんなことを。けどもう遅い。朋希くんは「え?」と固まって、どうしていいのかわからないって顔をしている。
 そりゃそうだ。意味なんてない。ただ、寝過ごしたことが気になって、ふと口からこぼれただけ。
 でもすぐに次のペアに交代になって、手を離さなきゃならなくなったのは、あたしにとっては救いのようにも思えた。気まずいままで終わってしまったのが残念だけど。
 そのあともダンスは続いたけれど、あたしの心はさっきの言葉に引っかかったままだった。
 炎のように盛り上がっていた気持ちが、煙みたいにくすぶって胸の奥に残る。
 あたし、どうして朋希くんに、あんなこと伝えちゃったんだろう。

 やがてダンスが終わり、部屋に戻る。
 布団を敷いて、おしゃべりして、笑って。みんな疲れて、次々と眠り始める。けど、あたしだけはなんだか落ち着かない。お風呂に入れなかったことが頭を離れなくて。……それに、さっきの一言も。
「みんなのアイドルがお風呂入ってないなんて、恥ずかしいよね」
 自分で小さく呟いて、苦笑する。アイドル、なんて大げさだけど、そう言われてる自覚はある。だからこそ、汗ばんだまま布団に入るなんて、なんだか自分で許せなかった。
 こっそりと部屋を抜け出し、消灯時間を過ぎた静かな廊下を歩く。浴衣の裾を気にしながら、足音を忍ばせて。古びた木造の建物は、夜になるとやけに軋んで、電球の光も薄暗くて心細い。
 大浴場の扉を開けると、誰もいない広い空間に湯気だけが漂っていた。タイル張りの床はひんやり冷たく、遠くの蛇口から水滴が落ちる音がやけに響く。
 胸がすうっと縮こまる。普段なら友達とわいわいしてるから気にならないけど、一人だとちょっと怖い。大きな鏡に映る自分が、別人みたいに見えて。
 思わず背筋を震わせた、そのときだった。
「……陽奈ちゃん?」
 背後から声がして、心臓が飛び跳ねるほど驚いた。振り返ると、そこに立っていたのは朋希くんだった。
 あたしは目を丸くして、思わず声を失った。なんで、こんなところに──?
 問いかけたいのに、声が出ない。けれど彼の顔を見たら、不思議と安心した。暗くて心細かった浴場の入口が、急に明るくなったみたいに感じた。
 ——やっぱり、炎なんかよりもずっと。
 彼の存在が、あたしの心を熱くしている。
 次の言葉を探すより先に、目が合っただけで胸がいっぱいになった。
 夜はまだ、終わらない。