「立てよ」
凍りつくような低い声が、ジローさんへと投げられる。
ジローさんを見下ろすタイガの眼差しは、刺し貫くような鋭さと圧があった。
もし私がその標的になっていたら、へたり込んでいただろう。
さっき私に凄んだ時とは、比にならない威圧感。
だけど、相手は白鷹次郎なんだ。
ビビりでチキンな私とは違う。
ジローさんは臆することなくゆっくりと上半身を起こすと、切れた唇から流れる血を手の甲で拭った。
口の端がうっすら赤く滲んでいる。
そして、彼が立ち上がろうとしたその瞬間。
ジローさんが自力で立つより早く、タイガの手が伸びた。
荒っぽくジローさんの胸倉を掴み、力任せに引き寄せる。
牙を剥く虎のような形相で至近距離に迫るタイガを前にしても、ジローさんの表情は変わらない。
ただじっと、無限の闇のように深い瞳で……タイガを見つめるだけだった。
「……何にも、変わっちゃいねえじゃねーか」
ふとタイガの口から零れた声は、荒々しい中にも、どこか寂しさを帯びていた。
あの勢いのままなら怒鳴るんじゃないかと思えたそれも、静かに紡がれる。
「お前はあの時から、何ひとつ……!!」
気を張っていたタイガの顔から、獰猛さが薄れていく。
ジローさんを映す瞳が、微かに和らいだ。
やるせなさと、哀しみさえも孕んで。
けれど、それもほんの束の間。
タイガは再び、隙を見せないように表情を引き締めた。
「イライラすんだよ、てめえのその陰気くせえツラ見てっとよ。自分だけが不幸みてえな目しやがって。この世の絶望、全部背負ってるって顔だ。気に食わなかったんだ、前から」
私は二人から──いや、タイガから目が離せなかった。
これがタイガの本音。
エロの帝王も軽口ばかりのチャラさも何もかも取っ払った、黒羽大駕という男の本気なんだ。
「てめえの生き方は楽だよなァ。何に対しても、真っ向からぶつかっていかねえ。向き合おうとしねえ。そうやって逃げ続けて、思い通りにいかなくなったら“仕方ねえ”と自分を納得させて諦める。ずっとそうやってきたんだもんな」
タイガの言葉に、胸が締め上げられる。
痛くなるほど苦しくなるのは、なぜなんだろう。
きっとそれは……ジローさんだけが囚われる事じゃないからだ。


