その時──
一年の階をもうじき抜けようとした私の視界の端に、一人の女の子が映った。
腕を組み真っ直ぐに立つ彼女は、堂々とした出で立ちで、やっぱり今日も完璧だ。
私を射抜く女豹のような瞳に、ゾクリと背が凍る。
本城咲妃。
目が合うと、無表情だったその顔に……彼女は怖いくらいの綺麗な微笑みを浮かべてみせた。
何かまだ企んでいるような、良くないことがこの身に襲いくるような予感をさせる、不吉な笑みだった。
でもそれもほんの一瞬のことで、ハイジに腕を引かれる私は本城咲妃の前から去っていくしかなかった。
一年だけじゃない、上級生からも視線の嵐に見舞われ、もうどうにでもしてちょうだいと自暴自棄になりかけたところで。
ハイジがようやく、一つの教室の手前で止まった。
ここは……あの大教室の、隣の教室。
校舎四階の、人気のない所。
ジローさん達白鷹ファミリーの溜まり場にされているため、誰も近寄ろうとはしない。
ハイジは例の大教室じゃなく、その隣にある使われていない教室の戸をさっきみたいに荒っぽく開け、私を中に放り込んだ。
「わわっ……」
バランスを崩して倒れそうになるのを、どうにか堪えた。
そんな扱いを受けて腹が立って、ハイジに何か言ってやろうと思ったのに。
後ろ手で戸をピシャリと閉め、口を閉ざしてこっちにゆっくりと距離を詰めてくるハイジが……いつものおバカなアイツじゃなくて。
なんか……怖くて。
目が、ハイジのその目が……“あの時”を思い起こさせた。
ジローさんの家で押し倒された時の……野生の、目。
ハイジが怒る理由がわからない。
私の方が、怒りたいのに。
いっぱい言ってやりたいこと、あるのに。
なのに、ハイジの眼光がそれを許さなかった。
私達以外、誰もいない教室。
……っていうか、この教室何なんだろ。
大教室と同じく机はない。椅子もない。
学校のものだろう、モニターが一つぽつんと教室の前方に置いてある。
大教室よりも広くはなくて、なぜかベッドに敷くような厚めのマットレスが中央にある。
傍には、ティッシュ箱。
それと……正体のわからない、何か小さいモノがティッシュ箱の横に添えられていた。
「お前、何があった」
ここも白鷹ファミリーが何らかの目的で使ってるのかな、お昼寝用の部屋だったりするのかな、と物珍しくて辺りを見回していると。
不意にハイジが話を切り出した。

