そして……
「オイ、ジロー!!てめえ犬っころの飼い主だろ!!どうにかしろ」
タイガはジローさんに罪をなすりつけるという、卑怯な手を使った。
さっきからジローさんは、一言も喋らない。
周りがどんちゃん騒ぎになってるのに、彼だけが別世界にいるようだった。
「タマ」
そこでようやく、ジローさんが言葉を発した。
形の良い唇が、ゆっくりと開かれる。
彼が、静かに私を呼ぶ。
胸が一瞬で跳ねる。
心臓の音が、やけに鮮明に響く。
流された視線に……息が詰まりそうになった。
何の色も宿さない、生きてるのに生気をまるで感じない“無”の眼差し。
背筋が寒くなった。
ジローさんの、目じゃない。
私の大好きな、あのジローさんの目じゃ……。
後ずさりしてしまいそうになるくらい、言い知れぬ不安と恐怖を私に植え付ける。
もとから怖いくらいに綺麗な人だったけれど、その瞳には確かな優しさと温もりが、在ったはずなのに。
それすらも幻だったんじゃないかと思わされるほどに、彼の目は……不気味に翳っていた。
「忘れろ」
ため息さえ漏れてしまいそうな、妖艶な微笑を浮かべ、彼は一言落とした。
理解が追いつかず、私はただ、バカみたいに見つめ返すしかなかった。
ジローさんは尚も、重ねていく。
「今日あったこと、ここで見たこと──全部、忘れろ。俺達と過ごしたことも、全て忘れて……これから暮らせ」
残酷な、言葉を。


