タイガは踵を返し、私から遠ざかってジローさんの横を通り過ぎ……少し離れた場所で歩みを止めた。
背を屈め、薄汚れた床に落ちていた長い棒状の物を拾い上げる。そして再び、こちらへと歩いてくる。
その一連の動作を、私はただ無心で眺めていた。
タイガの手に握られているのは……鉄パイプ。
私の正面で立ち止まったタイガは、その鉄パイプを目の前に翳し、先端を突きつけてきた。
「やれ」
一言。
たった、一言だった。
タイガの口から告げられたのは。
「え……?」
蒸し暑いはずの夜なのに。
私を取り囲む空気は、ひんやりとしていく。
熱気なんて一瞬で引き、例えようのない不気味さがじわじわと忍び寄る。
重苦しく、薄気味悪い気配は、到底穏やかじゃない。
タイガは、笑っていた。
いつものように。いつも私が見ている笑顔を、同じように浮かべて。
「ジローにやらせねえって言うんなら、お前がやれ」
笑って、言うんだ。本当にタイガらしい顔で。
信じがたいセリフを、平然と吐きながら。
私が顔を強張らせても、その笑みを崩すことはない。
“受け取れ”と言わんばかりに、鉄パイプを差し出し続ける。
私は喉に溜まった唾を一度飲み込み……砂や泥にまみれ、錆び付いた硬質な鉄の棒へと、恐怖に揺れる視線を落とした。
これで殴れ、と。
タイガは、何でもないことのように言い放つ。
──さっさとしろ。
そんな声まで聞こえてきそうな目をして。
ジローさんや飛野さん、ハイジに救いを求めても……彼らの目は、タイガと同じだった。
背筋に悪寒が走る。
誰も許しては、くれない。
誰も「なにバカなこと言ってんだ」って、タイガを止めようとはしない。
「タイ──」
「証明してみせろ」
恐ろしくなって訴えかけようと、名前を呼ぼうとしたのに。
その名を、タイガは呼ばせてもくれなかった。
私の声を遮ったその声音は……獣が唸るように低く、太く。
「お前が、俺達の仲間だっていうんなら」
一切の甘えを、断ち切った。


