いきなり水かけられたんだもん、これくらい当然の報いじゃない。
ハイジを軽く睨んでやった。
「まり、もっこり……?おい、何だその『まりもっこり』ってのは」
訝しげな表情のハイジに、私はここぞとばかりにポケットから“ある物”を取り出し、ヤツの目の前に翳す。
「これよ。あんたはまりもっこりの擬人化だね」
この前、お父さんが北海道へ出張に行った際に買ってきてくれた、ご当地キャラクターのぬいぐるみストラップ。
ジャージを着た、全身緑色の人型まりも。目つきがすごくいやらしい。
何よりもインパクト大なのが、股間の膨らみ。
その名の通り、もっこりしている。
なんて攻めたキャラなんだと若干引くと同時に、年頃の娘に買うお土産じゃないでしょと、文句を言いかけたけどとりあえず黙って受け取った。
私には、こいつがハイジにしか見えなかった。
「……こ、これが俺だと?こんなしょーもねえモンが」
初めて目にした『まりもっこり』に、ハイジは顔を引きつらせていた。
ちなみに股間のもっこりを引っ張ると、ぶるぶる震える仕組みだ。
ハイジの前で実演してあげたら、危うく叩き落とされそうになったので慌てて避けた。
「お土産でもらったんだけど持て余してたから。あんたにあげようと思って、忘れてたの。良かったね、あんたの教祖様だよ。ほら、崇めな」
「ふざっけんな!!」
ハイジは、頑なにまりもっこりを受け取ろうとしなかった。
何を怒ることがあるんだ。
私のことタヌキタヌキって馬鹿にするくせに。
“オイ聞いたか?『まりもっこり』だとよ”
“どんなんだ?調べてみよーぜ”
周りがざわめき出し、どうやらおにーさん達も『まりもっこり』が気になったのかスマホで検索し始めた。
すると、四方八方から、くっくっと声を押し殺したような笑い声が聞こえてきて──
次の瞬間には。
「ぶわっはははは!!!何だこりゃ!!ほんとにハイジそっくりじゃねーか!!」
「ぎゃはははは!!!マリモッコリか、ネーミングもサイコーだな!!こりゃ傑作だ!!」
「うはははは!!!さすが響さんの妹だ、言ってくれんじゃねーか!!!ははははは!!!」
倉庫内が、百人近い男達の豪快な笑い声に沸き上がった。
それはもう凄い迫力で、大合唱というべきか。
壁に反響して、笑いの渦に飲み込まれそうだった。
建物が揺れそうなくらいの盛り上がりようだ。
飛野さんも爆笑していて、ジローさんもほんのちょっとだけ笑っていた。
私は、まさかこんな事態になるとは思っておらず、ただ呆気に取られて周りを見回すしかできなかった。
そして……
「ももちゃん、この借りはでけえぞ」
背筋に悪寒を感じてハイジへと視線をやれば、不機嫌オーラを放ちながら迫ってくるグリーンボーイ。
身の危険を察知した。
笑い者にして、屈辱を背負わせてしまったことは申し訳ない。
でも!!
「じ、自業自得じゃん!!」
「うるせえ!ったく、ほんっとーにお前って女は可愛げのねえ女だな!!」
「ふーんだ、あんたに可愛いなんて思ってもらわなくていいもん!!愛されたくもないし!!」
いつもの如くほっぺたをむにぃっと引っ張ってくるハイジの手を払い除け、口の形を「い」にして挑発してやった。
ますますハイジは激怒し、火山の噴火状態だった。
ヤツからつんって顔を背けた後、ちらりとジローさんを見たら──ばっちり目が合ってしまった。
ジローさんはいつの間にやらタバコを吸っていて、その仕草にドキッとした。
「俺に愛されてえのか」
彼はさらりと口にした。
鼻血を噴いて卒倒しそうだった。
だけど何とか踏み止まる。
呼吸を乱しそうになったけど、持ち堪えた。
魅惑の魔王様の有り余るフェロモンと美貌と魔力に、素直に「はい」と言ってしまいそうになったけど、どうにか耐えた。
よ、よく耐えた!!よく頑張ったもも!!キングの誘惑に耐えた今なら、火の中にでも飛び込めそうな気がする!!
人知れずガッツポーズを決める私に、「お前って何も悩みなさそうでいいよな」というハイジの声が聞こえた。
カルピスの海に沈めてやろうかと思った。


