「ご、ごめんなさい白鷹先輩、ごめんなさい……!!」
ジローさんの険しい顔と、冷酷な目。
その標的になってしまえば、怯えるのも当然だった。
朝美は唇を震わせながら、必死に謝罪の言葉を繰り返す。
それでも、ジローさんの足は止まらない。
──これ以上彼を行かせたらダメだ。
ジローさんの目が、自分を見失ってたから。
自分でも自分を、制御できてない。
「ジローさん!!」
「おい!!」
私の声と、ほぼ同時に重なった男性の声。
「正気になれバカヤロウが!!女に手ェあげる気か!!」
ジローさんの胸倉を掴んで引き寄せたのは、飛野さんだった。
その剣幕は凄まじく、この時ばかりは気の良いあんちゃんだなんて、とても思えなかった。
止めてはくれた。けれど対立する二人を前に、私は気が気じゃなくて、おろおろするしかない。
──その時。
「っ!」
前触れもなく、目の覚めるような刺激。
続いて、ひんやりとした感触が襲いかかった。
最初は何が起きたのか、わからなかった。
顔面が冷たく、しきりに肌を伝って水滴が落ちていく。
数秒遅れて、やっと気づいた。
水をかけられたんだ、と。
「何やってんだお前」
ドスのきいた低い声。
目をやれば、水の入ったペットボトルを手にしたハイジが立っていた。
たぶん、呆然としながらハイジを見る私の顔は、途轍もなくマヌケだったと思う。
緑のアイツは真顔で、私を見据えていた。
その手のペットボトルの中身は、ただの透明な水。カルピスじゃない。
ほんの、ほんの少しだけ『カルピスじゃなくて良かった』と思ってしまった。
だってカルピスだったらベタベタするし、アリとか寄ってきたら困るし。ジローさんに舐められたりしても困るし。
……って、そんなこと今はどうでもいい。
私、なんでコイツに水かけられたの?
「『何やってんだ』って……ソレ、私のセリフだと思うんだけど」
顎から滴り落ちる雫が、コンクリートの床に水玉模様を作っていく。
さっきまで別人のように恐ろしかった飛野さんも、ハイジの仰天行動に気を取られて表情を戻していた。
『今度は何なんだよ』とでも言いたそうな、顔だった。


