私の視線のずっと先にいるジローさんが、動いた。
狼ではなく、“鷹”と呼ばれた彼が。
一歩、また一歩、ゆっくりこちらへ。
私は彼が纏う圧巻のオーラに気圧され、固まったまま直立していた。
銀色と黒色が溶け合うように彼を彩る。
やっぱり、身震いするほど綺麗で……なのに豪快な人。
もう目の前に迫るジローさんから視線を外せるはずもなく、完全に私は彼の獲物だった。
食べ……られるかどうかはともかく、覚悟はしなきゃならない。
何の覚悟かはわからないけれど。
そして、鷹の両手がスッと伸び、迷いなく私の肩を掴んだ。
「お前……」
「は、はひっ」
ああっ!へ、変な声出た!!カッコわるっ……!
とか思うよりも、その整ったお顔と魅惑の唇からどんな言葉が飛び出るのか、胃がキリキリする思いで待った。
“何でここにいるんだ”
“勝手に来るんじゃねえ”
そんな風に冷たくあしらわれたら──怖い。
彼に、いらないって思われるのが……たまらなく怖い。
「イタズラ描きされやがって!!」
ジローさんは、真顔でそう言った。
飛び出たジロー語にしばし考え込む。
……イタズラ描きって、何なんだろう。
私の顔、何か変なこと描いてあるの?
え、もしかして『バーカ』とか『アホでんねん』とかそんなこと描かれてたりするの!?ねえ、いつの間に!?
って思ったけど、私はジローさんのセリフが何を指しているのか気づいた。
「えっと……お化粧のこと、ですか?」
「ラクガキだろそれ。眉毛とか描かれやがって」
いや、もとから眉毛はあるんですけど。
なんて言い返せない。
王様である鷹に、言い返せるはずもなかった。
「あ、白鷹先輩!それはぁ、アサミがぁ──」
その時、横にいた朝美がジローさんに話しかけた。
話しかけながら……私の肩に置かれたジローさんの手に、彼女は“触れてしまった”。
瞬間、ジローさんの目の色が一変する。
──いけない。
朝美が、危ない。
止める暇も、考える余裕もなかった。
朝美の手が、ジローさんの手に重なった瞬間……
鷹の目は穏やかではなくなり、一瞬にして据わる。
内に秘めた凶暴性が顔をのぞかせる。
余りの気迫に、鳥肌が立つほどだった。
「──俺に触んじゃねえ!!!」
天井にまで届くような怒声。
朝美を振り払う、腕。
ジローさんの大声と予想もしなかった行動に、驚いたんだろう。
小さく悲鳴をあげ、朝美はよろめいて後ろに下がり、そのまま尻餅をついた。
広い空間を沈黙が支配する。
全員が物を言わず、重い空気に包まれた。


