エンジンを切って、飛野さんが車を降りた。
私と朝美は一度、顔を見合わせる。
──裏切られたのかもしれない。
そうだとしても、その事実を認めたくない自分がいた。
朝美が私とは浅い付き合いで、こっち側の人間じゃなかったとしても……。
それでも“向こう側”の人間だとは、思っていないから。
だから、朝美が話しかけようとしたのをわかっていながら気づかないふりをして、私は車のドアを開け外へ出た。
飛野さんについて行くために。
朝美もそろりと降りてきて、私達の後を追う。
倉庫の入り口へ飛野さんが足を進めていくと、それまで喧しかった男達の声は少しずつ萎み、やがて静まった。
彼らは飛野さんへ軽く頭を下げ、口々に挨拶をする。
飛野さんは普段のように「よお」とか「おう」とか、気さくに返事していたけれど──このギラギラした男達を黙らせてしまう時点で、やはりただの純情料理人のあんちゃんじゃないんだと思った。
「飛野さん、ここ……何なんですか?」
まるで猛獣の群れの真っ只中を歩いているかのような感覚に、私は飛野さんの背中に声をかけていた。
何でもいいから、知りたかった。
自分が置かれている状況を。
そうじゃないと、ほんの一瞬でも気を緩めれば膝から崩れ落ちてしまいそうで、怖かった。
今この場で唯一、心を許せる存在──飛野さんに、縋るように。
飛野さんは私の言葉に歩みを止め、ゆっくりと顔をこちらに向ける。
穏やかさを纏ったいつもの彼とは違う。
深い闇をその眼差しに宿し、得体の知れない影を背負っているように見えた。
視線が、私の全てを射抜いて動けなくさせる。
──そして。
わずかな間を置いて、その口から落ちたのは、ただ一言。
「“鷹”」
強く、凛とした声だった。


