「だけど、私とハイジは、ジローさんが思っているような関係じゃ……」
言いかけた瞬間、自分の言葉に引っかかって、口を止めた。
ジローさんが不安を抱く“私とハイジの関係”って……何?
私がハイジのもとへ行ってしまうんじゃないかって、あんなふうに零した彼は……一体、何に蝕まれているの?
どうして、私とハイジなの?
タイガは?
飛野さんは?
ケイジくんは?
「知らねえだろ、お前は。出逢う前のアイツを」
ハッとして、彼を見る。
不意に、呟かれたその言葉に。
「俺にはわかる。アイツは、お前を──」
胸が急に騒ぎ出す。
ドク、ドク、と血の流れが逆立つみたいに。
再び、黒に沈みだした彼の瞳。
ジローさんの心は、いつも蜃気楼みたいで。
そこにあるのに、手を伸ばせば幻のように散ってしまう。
掴めない。
必死で追いかけても、するりとすり抜ける。
“アイツはお前を──”
彼の唇が形をつくるたび、心臓が早鐘を打つ。
出逢う前のハイジって……どうだったの?
あのまんまじゃないの?
何だろう……なんか、イヤな感じがする。
肌にまとわりつく、この感覚。
ジローさんが何を言おうとしてるのかは、わからない。
でも──
その言葉ひとつで、私とハイジの今の関係が変わってしまいそうで。
何かを、失ってしまいそうで。
どこか怯えてる。
裁判の判決を待つみたいな、この短い沈黙が……息苦しい。
なのに彼はなかなか切り出さなくて、私をビー玉のような綺麗な目でただ見つめてくるだけで。
もう……なんか、私ちょっと……ノボせ……。
「……あちぃ」
その前に。
本当にのぼせて倒れちゃいそうな、その前に。
ジローさんが、ふらりと私の方に寄りかかってきた。


