気まぐれヒーロー2




ハイジもジローさんも、言葉を交わそうとしない。


ホントはこれ、二人がかりのドッキリなんじゃない?とか。

もしや私のレベルが余りにも低すぎて、『ももちゃんを奪い合う“なんちゃって三角関係”を演じて、ももちゃんの鈍感な乙女心を刺激しちゃおう』作戦実行中!?とか。

くだらないこと考えちゃうくらい、現実味のない光景だった。

でもそれはないだろうな。ジローさんそこまで器用じゃないだろうし。


一体、ジローさんは何を考えているんだろう。

……いや、それはまあ前から疑問だらけなんだけども。

ハイジのセリフも、普段のアイツからしてあり得ない。


っていうか……


“抱こうがどうしようが、俺の自由だろうが”


そ、そんなもん、てめえの自由なワケあるか!!

と叫びたかった。


それでも私はジローさんの本音を知るのが怖いのに、同時にどうしても知りたくて仕方なかった。

真実を、教えて欲しかった。


私のことを、どう思っているのか。

あの“女の人”はどういう関係なのか。

“女嫌い”な彼が、あの人をどうして受け入れられるのか。


あなたと過ごした時間を、“嘘”にしたくない。

私の胸の中の大事な場所を占める、あなたとの思い出を守りたいなんて、エゴかもしれないけど。

信じさせて欲しいなんて、ワガママだってわかってる。


床に根でも生えたように立ち尽くすしかない私を、ジローさんはハイジから視線を外し、横目でちらりと見た。

その瞬間心臓が跳ねて、彼の貫くような目に、私の想いが見破られるんじゃないかってハラハラして。

けれどすぐにジローさんはハイジの方に向き直すと、手を離して、こちらへダルそうに足を進めてきた。


高まる緊張感に、私はいっぱいいっぱいだった。


ジローさんは、私の横で立ち止まり──



「お前、もうここにも隣にも来るな」



そう、低い声で言った。

私に目を合わしてくれることは、なかった。


決して強くもはっきりもしない口調ではあったけれど……ジローさんらしい、口の先だけで話すかのような囁きにも似た声だった。

けれど私には十分に重くて、鼓膜に刺さった。

その意味を頭ではわかってるのに、心が受け入れようとはしない。


私はもう……彼の“ペット”ですら、ないんだ。

あの大教室に来るなと、彼は言った。

私の居場所はない、ということ。


でもそれは、自分が招いたことだった。


あの日、コンビニでジローさんと会った夜。



“私に構わないでください”

“さよなら”



離れようとしたのは、自分だったのに。

離したくない手を拒絶したのは、私だったのに。


いざ、彼に同じように突き放されたら……後悔してる自分が愚かだと、思った。


「待てよ、ジローちゃ──」


心が揺れて、定まらない。
私の前から去ろうとするジローさんの肩に、ハイジが手を置いて引き止めようとした。

けれど、ハイジの指先が触れた瞬間、ジローさんは素早く身を翻すと

振り向きざまに、ハイジを殴った。

あのジローさんとは思えないほどの速い動きに、私は呆然とするしかなかった。


彼の拳はもろにハイジの頬にヒットしたものの、ヤツはかろうじて踏み止まり、倒れはしなかった。


「っ、いってえ!!ちょっとは手加減しろよ!!」


痛みに顔を歪めて抗議するハイジに、ジローさんは冷めきった目を投げるだけ。

言葉ひとつ返すことなく、背を向け、無言で教室を出て行った。