ハイジもジローさんも、言葉を交わそうとしない。
ホントはこれ、二人がかりのドッキリなんじゃない?とか。
もしや私のレベルが余りにも低すぎて、『ももちゃんを奪い合う“なんちゃって三角関係”を演じて、ももちゃんの鈍感な乙女心を刺激しちゃおう』作戦実行中!?とか。
くだらないこと考えちゃうくらい、現実味のない光景だった。
でもそれはないだろうな。ジローさんそこまで器用じゃないだろうし。
一体、ジローさんは何を考えているんだろう。
……いや、それはまあ前から疑問だらけなんだけども。
ハイジのセリフも、普段のアイツからしてあり得ない。
っていうか……
“抱こうがどうしようが、俺の自由だろうが”
そ、そんなもん、てめえの自由なワケあるか!!
と叫びたかった。
それでも私はジローさんの本音を知るのが怖いのに、同時にどうしても知りたくて仕方なかった。
真実を、教えて欲しかった。
私のことを、どう思っているのか。
あの“女の人”はどういう関係なのか。
“女嫌い”な彼が、あの人をどうして受け入れられるのか。
あなたと過ごした時間を、“嘘”にしたくない。
私の胸の中の大事な場所を占める、あなたとの思い出を守りたいなんて、エゴかもしれないけど。
信じさせて欲しいなんて、ワガママだってわかってる。
床に根でも生えたように立ち尽くすしかない私を、ジローさんはハイジから視線を外し、横目でちらりと見た。
その瞬間心臓が跳ねて、彼の貫くような目に、私の想いが見破られるんじゃないかってハラハラして。
けれどすぐにジローさんはハイジの方に向き直すと、手を離して、こちらへダルそうに足を進めてきた。
高まる緊張感に、私はいっぱいいっぱいだった。
ジローさんは、私の横で立ち止まり──
「お前、もうここにも隣にも来るな」
そう、低い声で言った。
私に目を合わしてくれることは、なかった。
決して強くもはっきりもしない口調ではあったけれど……ジローさんらしい、口の先だけで話すかのような囁きにも似た声だった。
けれど私には十分に重くて、鼓膜に刺さった。
その意味を頭ではわかってるのに、心が受け入れようとはしない。
私はもう……彼の“ペット”ですら、ないんだ。
あの大教室に来るなと、彼は言った。
私の居場所はない、ということ。
でもそれは、自分が招いたことだった。
あの日、コンビニでジローさんと会った夜。
“私に構わないでください”
“さよなら”
離れようとしたのは、自分だったのに。
離したくない手を拒絶したのは、私だったのに。
いざ、彼に同じように突き放されたら……後悔してる自分が愚かだと、思った。
「待てよ、ジローちゃ──」
心が揺れて、定まらない。
私の前から去ろうとするジローさんの肩に、ハイジが手を置いて引き止めようとした。
けれど、ハイジの指先が触れた瞬間、ジローさんは素早く身を翻すと
振り向きざまに、ハイジを殴った。
あのジローさんとは思えないほどの速い動きに、私は呆然とするしかなかった。
彼の拳はもろにハイジの頬にヒットしたものの、ヤツはかろうじて踏み止まり、倒れはしなかった。
「っ、いってえ!!ちょっとは手加減しろよ!!」
痛みに顔を歪めて抗議するハイジに、ジローさんは冷めきった目を投げるだけ。
言葉ひとつ返すことなく、背を向け、無言で教室を出て行った。

