我に返ったときにはもう──
私はアイツを壁に押しつけ、その胸ぐらを掴みあげていた。
涙をこらえようとすると、目の奥が熱くなる。
身長差のせいで、けっこう見上げなきゃいけないのが悔しい。
目に涙を溜めて睨みつける私は、きっと滑稽に見えただろう。
ハイジは冷ややかに、黙ったまま私を見下ろしている。
何を考え、何を思っているのか。
その黒い瞳は、霧で覆われるように感情を見せはしない。
イライラして、どうしようもないんだ。
わからないから。
いつも、振り回されてばかりだから。
自分が今、必死に守ろうとしてるものが何なのかさえ──
見失いそうになる。
「黙ってるだけだろ、お前」
急に仲間割れでもしたのかと、野次馬達が息を呑むなかで、ハイジが静かに口を開いた。
翳っていた瞳が、わずかに柔らかくなった気がした。
そこに、潤んだ目をした私が、映ってる。
必死で切羽詰まって、ギリギリの表情をしてる。
ハイジも、同じ私を見ている。
「いつか、わかってくれるとでも思ってんのか。そうやって、耐えてさえいればどうにかなると……本気で信じてんのかよ」
──なんで、そんな目をするの?
突き放すなら、いっそとことん突き放してくれればいいのに。
どうして、あんたは……
私の全てを受け入れてくれるような、目をするの。
自然と、指から力が抜けていく。
まるで自分のものじゃないみたいに、ゆっくりと……ハイジから手が離れていった。
「言ったよ……私、言った。そんなことしてないっ、て。私、田川のことなんか好きじゃない。本城さんから奪おうなんて思ってもないって……言ったのに。でも……」
みんなが、私を見ているのがわかる。
全身でひしひしと、感じるんだ。
無数の視線を。
俯きながら、声を絞りだす私を──
ジローさんも、タイガも、飛野さんも、ケイジくんも、ハイジも。
本城咲妃も田川も、取り巻きたちも、他の生徒たちも。
全員言葉を発しないまま、ただ静かに、私を見つめていた。


