気まぐれヒーロー2




……え?

う、うぷっ?
今、「うぷっ」って言った?

え、聞き間違い?


ジローさんは青ざめた顔で口元を押さえ、ほっぺたがハムスターみたいに膨らんでいた。

これは……。


「待ったジローちゃん!!ダメだって!ここで吐くなよ!?」


後ろから、ハイジの焦った声が飛んでくる。


は、吐く!?

なんで!?なんでジローさんいきなり吐いちゃうの!?


くるりと回れ右をするとジローさんは(うずくま)り、背を丸めて懸命に吐き気に耐えているみたいだった。

よくわかんないけど、私もジローさんの隣にしゃがみ込み、彼の背中をさすってあげた。


「ジローさん……大丈夫ですか?」

「むう……」


しきりに「うーむ」とか「うーん」とか唸っているジローさん。

心配でしばらく背中をゆっくりさすってあげていると、次第に吐き気が治まってきたのか、込み上げたモノを彼はごっくんと飲み込んだ。


「ねえ、どうなってんの?」


私は顔だけを、ハイジに向ける。


「限界超えると、アガってくんだとよ」


限界?

白けた表情のハイジは、マットレスに腰を下ろしている。

ま、まさか鼻血のさらに上が『吐く』ってこと……?

しかも、ハイジと私のあんな体勢を見ちゃったから!?


やがてジローさんは、落ち着きを取り戻したようだった。
青白い顔で、私をじっと見てくるから……鼓動が大きくなる。

こんなに近くで彼に見つめられたら、ドキドキしないはずがない。


どんな女の子だって、きっとそう。

みんなが憧れる、遠い、遠い、人。


ふと、ジローさんの手が私の頬へと添えられる。

彼の温もりに、胸が一層、高鳴った。

突然のことに固まっていると、そのまま顔を寄せてきて──唇が触れる前に、彼は動きを止めた。

何かを見つけたのか、彼は視線を私の首元へ留めた。


「ソレつけたの、俺だよ」


ハイジがジローさんに、一言投げた。


どこか試しているような、そんな含みを持った声。

ジローさんは無言のまま立ち上がり、ゆらりとハイジの方へ歩き出した。

静かな彼が、殺気立っているように見えた。

私はただその後ろ姿を見守るしかなくて、胸のドキドキは嫌な意味に変わっていく。

張り詰める空気に苦しくなって、胸にあてた手を握りしめた。


ハイジの真正面で立ち止まり、ジローさんはアイツの胸倉を掴みあげた。

けれど全く動じずに、ハイジは尖った目で見上げるだけ。



「何だよ。俺は何も違反しちゃいねえぞ」



強気な姿勢を、崩さない。



「ここは“そーいう”部屋だろ?」



その目は冗談めかすことなく、真剣だった。



「あんたからすれば、アイツはペットかもしんねえけどよ」



その怖いくらいに真っ直ぐな目が、ジローさんじゃなくて……



「俺にとっちゃ、“女”だ」



私を、捕らえる。



ハイジ……何、言い出すの?


さらに挑戦的な強い眼差しで、アイツはジローさんを射抜く。



「抱こうがどうしようが、俺の自由だろうが」



ねえ……

何、言ってるの?



「あんたにとやかく言われる筋合いはねえよ」



私は、ただただ自分の耳を疑うばかりで、頭が追いつかなくて。

私のことを言われてるのに、部外者のような感覚だった。

二人を遠目に、ぼんやりと眺めていることしかできなかった。