一瞬――ほんの一瞬だけ生じた迷いは、どこから来るものなのだろう? ロゼッタが思い描く幸せの形は、幼い頃からずっと変わっていないはずだ。自分をなによりもときめかせてくれるのは、美しいドレスや宝石、美味しい料理に恵まれた生活。それを可能にしてくれるお金というものが、最高に好きで。

 ――ただ、少し楽しかっただけだ。
 飾らない自分を出せることが。まるでコルセットを外した後のように、楽で、爽快だっただけ。そんな状態はずっとは続かない。ロゼッタはそれを望んでいるわけではないのだ。


「お待たせしました」


 と、ティーポットを持ってクロエが戻って来る。
 クロエは茶を淹れライノアに渡すと、期待を込めた眼差しで彼を見つめた。


「――美味しいです」


 ライノアが微笑む。それはとても優しい表情で。「よかった!」とクロエが嬉しそうに頬を染めると同時に、ロゼッタの胸が小さく痛んだ。


(なによ。わたくしだって、お茶を淹れるのは得意なのに)


 クロエが淹れたお茶を飲みながら、そんなことを考えている自分に気づき、ロゼッタははたと顔を上げる。


(……変なの)


 ロゼッタが茶を振る舞うべき相手はもっと他にいるはずだ。クロエと張り合おうだなんて馬鹿げている。
 ライノアの笑顔を横目で見ながら、ロゼッタは唇を尖らせるのだった。