〇夕方の廊下
蓮と友人である春馬が並んで歩く。
春馬は制服を着崩したスポーツ系男子。
春馬「蓮は良いよなぁ。モテすぎて女選び放題じゃん」
蓮「そうかな。自分で言うのもどうかと思うけど、僕はちょっと友人関係が広いだけだよ」
春馬「ちっ、無自覚かよ」
不満そうに口を尖らせる春馬。
蓮「それに、もう心に決めた人がいるんだ」
春馬「え、誰それ?」
蓮「内緒」
春馬「なんだよそれー!」
目を見開いて驚く春馬。
空き教室からこっそり様子を見ていた女子たちが「ヤバくない?」と囁き会う。蓮は笑顔を崩さなかった。

〇栞菜の自宅
栞菜「ただいま」
玄関を開ける栞菜。
蓮『僕だけを見ていてよ。お願い』
帰り道での蓮を思い出し、赤面しながら首を横に振る栞菜。
栞菜(おかしいよ。あんなの蓮じゃない。私の知ってる連はもっと爽やかイケメンで、みんなの王子様で……)
栞菜があれこれ考えていると、キッチンから栞菜の母、千里が来る。
千里「あら、おかえりなさい。栞菜」
栞菜「あ、ただいま」
焦りながら返答する栞菜。
千里「そうだ、栞菜。今週末、また出張に行かないといけなくって家を空けるの」
栞菜「また出張?」
千里「でも今回は蓮くんが家に来てくれるみたいだから安心よ」
栞菜「え、ど、どうして蓮が家に?」
千里「この前、道端で蓮くんとバッタリ会って、出張に行く話をしたら『僕が代わりに栞菜の面倒見ますよ』なんて言ってくれて」
「蓮くんなら料理から洗濯まで一通りできるし、栞菜の面倒も見慣れてるから安心ね」と呟く千里。
栞菜(いやいや、全然安心できないし)
帰り道での出来事を思い出し赤面する栞菜。
栞菜の耳元で囁く蓮の絵。
千里「というわけで二日間蓮くんとよろしくね」
栞菜「いや、ちょっと待って。私もう昔みたいに……」
全力で千里を止めようとする栞菜。

〇栞菜の家・リビング
蓮「……というわけで二日間よろしくね」
リビングの入口でにっこり笑いながら入ってくる蓮。
栞菜はソファーに座ったまま目線を逸らす。
栞菜「うん……」
蓮「どうして、そんなにローテンションなの?」
栞菜「なんていうか……気まずいというか……」
蓮「へぇー、そう」
テーブルに荷物を置いて、冷蔵庫を開く蓮。
蓮「僕が栞菜の家に来るのは今日が初めてじゃないんだから、気にしなくても良いのに」
栞菜(蓮が家に来ていたのは、まだ私たちが小学生ぐらいの時でしょ)
冷蔵庫の中を漁っていて、なにかに気づく蓮。
蓮「シチュー作ろうと思ったけど、牛乳が足りないかな。買いに行ってきるから栞菜は待ってて」
栞菜「ちょっと待って!」
ソファーから立ち上がり駆け寄る栞菜。
栞菜の腕を蓮が握る。
蓮「もしかして僕と離れるのが寂しい?」
栞菜「違うよ。なにもかも蓮に任せきりなのが嫌なだけ!」
蓮「じゃ、二人で出かけようか?」
ぐいっと手を引かれ、玄関へ。
栞菜「そうじゃなくて、私が代わりに行ってくるから!」
蓮「荷物持ちは多い方が良いだろ?」
栞菜「それってどっちが荷物持ち?」
蓮「さぁ、どっちでしょう?」
玄関から出る。
並んで歩きながら口論をする二人を近所の人がクスクス笑いながら見守ってる。

〇スーパーの中
栞奈が蓮と歩いていると「お醤油、お醤油……」 と呟きながら周りをキョロキョロと見回す主婦を見かける。
栞奈「お醤油でしたらAの3番通路……ここから2列先にありますよ」
主婦「ありがとう。助かったわ」
笑いながら主婦を見送る栞奈。
周りを見渡して、いつの間にか蓮と離れ離れになってしまったことに気づく。
栞奈(あれ、蓮はどこ?)
人混みで蓮が見つからない。必死にきょろきょろしながら蓮を探していると、片手をぐいっと捕まれる。
蓮「ちゃんと前見てなよ」
栞奈「ごめん、迷っている人がいたから放っておけなくて……」
蓮「また人助け?」
表情が暗くなる蓮。栞奈を握る手が強くなる。
蓮「絶対に僕の手を離しちゃダメだよ。また迷子になったら大変だから」
栞奈「気持ちは嬉しいけど、恥ずかしいから手を繋ぐのはやめてほしいなぁ」
笑顔がひきつる栞奈。
蓮「やだ」
栞奈「だったら、せめてカゴは私に持たせて」
いったん立ち止まり、栞奈に触れていない方の手で持っていた買い物カゴを渡す蓮。
蓮「栞奈が自分なりに頑張っていることはわかっている。だけど、せめて僕の前にだけは甘えていいんだよ」
蓮の顔を見あげた栞奈はぞっとする。蓮は雨の日、見た瞳と同じ、執着を孕んだ熱っぽい瞳で見下ろしていた。
蓮「そうしないと、僕が必要なくなっちゃうでしょ?」