90秒で始まる恋〜彼と彼女の攻防戦


「違います。向井さんが慌てさせるから…気がつかなかったんです」

「ふっ、どんだけドシなんだ」

「笑わないでください。自分のドシさに凹んでるんですから」

「まぁ、そこはお前らしい」

「言わないでください」

「…お前に振り回されてばかりだ。俺以外の奴に隙を見せるなよ」

口元でニヤっと笑った彼の目は肉食獣のように鋭く、本能が、危険だから頷いておけと警告する。

「わかったなら、いい」

そう言った彼が退いた瞬間、身の危険を感じていた私は一目散に駆け出していた。

「忘れ物だぞ」

声に振り向けば、ゆっくりとキッチンから私の鍋を持って歩いてくる彼がいて、受け取ろうとした手が掴まれ、あっという間に体は彼の腕の中におさまっていた。そしてあわあわする私の唇にチュッと軽快な音を立てた不意打ちのキスをまんまと許していた。

一度ならずも二度、三度と…

警戒していたにも関わらずだ。思わず悔しさで『バカー』と叫び、部屋から逃げ出して帰ってきたのだ。

生々しく残る彼の唇の感触、耳には、軽く跳ねたリップ音が残り、脳裏には、私の様子を見て、してやったりと笑っていた彼。

きっと、彼がキスしてくるのも、私をからかっているだけのような気がして、勘違いしないように気を引き締めようと思うのだ。