「全然大丈夫…莉子ちゃん、またね」
今はもう諦め、なるべく関わらないでいようと心に誓い、総務に戻ったら誰も探していないと言われ、向井さんの聞き間違いだろうと、その時は、特に深く考えなかった。
帰宅してソファでくつろいでいたら、返してないニットを思い出し、いつまでも手元にあるのは落ち着かない。
時刻を見たら夜の9時過ぎで、私的にギリギリ許される時間なので、勇気を出して部屋を訪ねてみる事にした。
インターホンを鳴らすと、向こうから彼の声が聞こえた。
「あの…桃寺です」
『今開ける』
しばらくして、ガチャとドアが開き、ドアの向こうから疲れた表情の向井さんがスーツ姿のまま出てきて、帰ってきたばかりらしく申し訳なくなる。
「遅い時間にすみません」
「なに?」
まぁ、こんな時間に来る私が悪いのだが、彼の無愛想な態度に、また、胸が痛んだ。
「これ、この間、汚してしまった向井さんのニットです。お返しするのが遅くなってすみませんでした」
「いや、こっちこそありがとう。わざわざクリーニング出してくれたんだな。洗うだけでよかったのに」
「そういうわけにいかないので」
「なら、俺もお詫びに何かさせてくれよ」


![(続編)ありきたりな恋の話ですが、忘れられない恋です[出産・育児編]](https://www.no-ichigo.jp/img/book-cover/1631187-thumb.jpg?t=20210301223334)
