90秒で始まる恋〜彼と彼女の攻防戦


「全然大丈夫…莉子ちゃん、またね」

今はもう諦め、なるべく関わらないでいようと心に誓い、総務に戻ったら誰も探していないと言われ、向井さんの聞き間違いだろうと、その時は、特に深く考えなかった。

帰宅してソファでくつろいでいたら、返してないニットを思い出し、いつまでも手元にあるのは落ち着かない。

時刻を見たら夜の9時過ぎで、私的にギリギリ許される時間なので、勇気を出して部屋を訪ねてみる事にした。

インターホンを鳴らすと、向こうから彼の声が聞こえた。

「あの…桃寺です」

『今開ける』

しばらくして、ガチャとドアが開き、ドアの向こうから疲れた表情の向井さんがスーツ姿のまま出てきて、帰ってきたばかりらしく申し訳なくなる。

「遅い時間にすみません」

「なに?」

まぁ、こんな時間に来る私が悪いのだが、彼の無愛想な態度に、また、胸が痛んだ。

「これ、この間、汚してしまった向井さんのニットです。お返しするのが遅くなってすみませんでした」

「いや、こっちこそありがとう。わざわざクリーニング出してくれたんだな。洗うだけでよかったのに」

「そういうわけにいかないので」

「なら、俺もお詫びに何かさせてくれよ」