蓮見(はすみ)くんがふう、とため息をつく。

「すいません、みっともないところを見せてしまって」
「え?」
「あまり揉めたくなかったので、つい社長の孫という印籠(いんろう)を出してしまいました……」

 印籠、という言葉に私は吹きだしてしまった。

「確かに、『この紋所(もんどころ)が目に入らぬか!』って感じだったね……」
水戸(みと)黄門(こうもん)ネタ、わかっていただけてよかったです……」

 想像以上にしょんぼりしている蓮見くんが、いつもの可愛い後輩に見えて、私は思わず肩を軽く叩いてしまった。

「かっこ悪くなんかないよ! 助けてくれたんだよね。ありがとう」

 すると、蓮見くんがふっと微笑(ほほえ)んだ。

「ようやくいつもの先輩に戻りましたね」
「……」

「今日、ずっと変だったでしょう? あれ、僕のせいですよね」
「いろいろ混乱しちゃって……」
「無理もないです」

 蓮見くんがじっと見つめてくる。

「先輩、今ってフリーなんですよね?」
「え?」
「セクハラにならなきゃいいんですが……」

 蓮見くんが手元のチェイサーを一気に飲み()す。

「田中先輩は高嶺(たかね)の花でした。いつもバリバリ仕事して。気遣(きづか)いができて面倒みてくれて尊敬していました。でも、プライベートの意外な一面を見て、僕が守りたいと思ってしまったんです」
「それで……ナイトプールパーティーに来てくれたの?」

 蓮見くんがこくんとうなずく。
 その(うる)んだ瞳から目を離せない。

「年下って恋愛対象にならないですか? 僕は田中先輩の恋人に立候補したいです」
「えっ、あの……」

「困るのはわかります。社内恋愛になってしまうし。でも、どうしても放っておけないんです」
「蓮見くん、あの……」
「僕と付き合ってください」

 率直な告白に、私の心臓が大きく跳ねた。
 (ことわ)る理由ならいくらでもある。

 四歳も年上だし、上司だし、相手は御曹司(おんぞうし)だし――。
 でも、断りたくなかった。

 いつしか、私も蓮見くんを一人の男性として見ていたのだ。
 そして、すごく()かれている。

 みっともない私を知っても可愛いと言ってくれたひと。
 困った時はいつでも手を差し伸べてくれた。 

「はい……」

 それ以外の答えはない。そうでしょ?