「それでさ、俺は言ってやったんだよ! さすがにそれは時代遅れじゃないか、って!」

 会社にほど近い和風居酒屋の個室で、赤木(あかぎ)部長が上機嫌に話し続ける。
 予想どおり、赤木の独演会だ。

(仕事の話がある、って言ってたけど、要は愚痴と自慢話を聞いてほしいってわけね)

 三十代で統括(とうかつ)部長に任命された赤木は、なんだかんだで仕事ができる。
 あまり無下(むげ)にはできない。

(でも、会社に要望を出したいわね。ハラスメント研修を全員が受けるように、って……)

 とにかく、一回付き合っておけば気が済むだろう。
 隣で蓮見(はすみ)くんがちゃんと(あい)づちを打って相手をしてくれている。

(正直、めちゃめちゃ助かる……)

 自分一人だったら、かなり消耗しただろう。
 さて、適当なところで切り上げないと……と思っていると、矛先(ほこさき)が自分に向いた。

「ところで田中、おまえ彼氏はできたのか?」
「いえ……」

(うん、やっぱりハラスメント研修を至急実施(じっし)してもらうように頼もう!)

 私は固く誓った。
 赤木部長の言動はすべてアウトだ。

「おまえ、仕事ばっかりしてたらダメだぞ? 女の旬なんてあっという間に過ぎるんだからな!」
「……」

「俺も今フリーだし、付き合ってみるか?」
「赤木部長、セクハラですよ、それ」

 何か言い返そうとしたとき、蓮見くんが割って入った。
 それまでニコニコ笑っていたのに、今はすっかり冷めた表情で赤木部長を見ている。

「は? おまえ、なんだ? 新入社員のくせに!」
「あなたこそ、どういうつもりですか? 即刻(そっこく)クビにすることもできますよ」
「何様だ、おまえ!」

 ダン、と赤木が激しくテーブルに拳を叩きつける。
 だが、蓮見くんはまったく(ひる)まなかった。

「僕は社長の孫です」
「は? 何言ってんだ。おまえの名前、『市井(いちい)』じゃねえだろ」

 イチイグループの名前は創業者の苗字から来ている。
 今の社長も市井という名前だ。
 だから、私も言われるまで気づかなかった。

「蓮見は父方の姓です。母が現社長の娘なんですよ。両親とも、別の仕事をしているので、孫である僕が会社を()ぐことになっています」
「……マジか」

 赤木部長はすっかり酔いが()めたようで、声が小さくなっていた。

「イチイグループは女性社員が働きやすい会社をめざしています。ハラスメントなどもっての他です。全社員の意識を変えるよう社長に進言することにします」


 蓮見くんがきっぱりと言った。
「その、悪かった……。酔っていたみたいだ。ここは俺が払う。お疲れさん」

 赤木部長はもごもごと言い訳をすると、伝票(でんぴょう)を手にして逃げるように店を出ていった。