一瞬にして、全身が水につかる。
 息ができず、私はパニックに襲われた。

 必死で手足をばたつかせた時、誰かが体を抱きかかえてくれた。

「先輩! 落ち着いて!」

 聞き(おぼ)えのある声と(とも)に、私の体は一気に水から出た。

「大丈夫ですか? 先輩!」

 私は激しく(せき)こんだ。
 体が熱い。
 蓮見(はすみ)くんに抱きかかえられていると、一拍(いっぱく)遅れて気づく。

「だ、大丈夫……」

 何とかそう言う。

田中(たなか)さん、大丈夫?」

 友達が心配そうに見ている。
 急に恥ずかしくなって、私はヘラヘラ笑って誤魔化(ごまか)した。

「ええ、ちょっとびっくりしちゃって……」
「すいませんでした!」

 ビーチボールで遊んでいたらしき人たちが謝罪に来る。

「気にしないでください。私もぼうっとしていたから……」

 蓮見くんが私を()きかかえたままプールサイドに向かう。
 お姫様抱っこされた私は注目(ちゅうもく)(まと)だ。

「蓮見くん、私、もう大丈夫だから」

 だが、蓮見くんは(はな)してくれなかった。

「何言ってるんですか、そんなに震えて」

 蓮見くんに抱きかかえられたまま、私はプールサイドに上がった。

 水から出ても、蓮見くんは軽々私を抱きかかえたままだ。
 そして、そのままビーチチェアに寝かしてくれる。

「はい、もう大丈夫ですよ」
「あ、ありがと……」

 恥ずかしさでまともに顔が見られない。

「かっこ悪いところ、見せちゃった……」

 足のつくプールに落ちて、パニックになって(おぼ)れるなんて。
 (みじ)めさに涙が浮かぶ。

 蓮見くんが身を(かが)めて私の耳に口を近づけた。

「溺れるなら、僕にしてください」
「えっ?」

 思わず耳を疑うと、蓮見くんはいたずらが見つかった子どものように、小さく舌を出した。

「なんてね。冗談です」
「……」

 私はびっくりしてしまって、溺れたショックが吹き飛んだ。

 場を(なご)ませるために言ってくれたのだろう。
 蓮見くんの優しさが身に染みる。