うん、大丈夫。
 毎日のようにプールにつかっていたおかげで、恐怖心は(うす)れている。

 私はプールに体をつけ、ボートフロートに向かって歩き出した。
 蓮見(はすみ)くんが手を引いてくれなくても大丈夫。
 そう言い聞かせる。

 なんとかボートフロートに乗ると、ホッとした。

「わあ……」

 頭上(ずじょう)にはミラーボールが吊され、キラキラと光っている。
 あちこちで楽しそうに談笑する人たちがいて、水の上だがだんだんとリラックスしてきた。

(レッスンに通っておいてよかった……)

 そのとき、周囲がざわざわし始めた。

(何……?)

 私は皆の視線を先を見つめた。

「あ……」

 一人の男性がプールサイドに出てくるところだった。
 目立つ長身に、バランスよく鍛えられた体に見覚えがあった。

「えっ、蓮見くん?」

 なぜ彼がここに――と思っていると、近くの会話が耳に入った。

「誰、あれ? すごくかっこいいわね」

 そう話しているのは、隣のフロートボートに乗ったモデルのようなスタイルのいい女性だ。
 興味津々(しんしん)で蓮見くんを見ている。

「あの子……確かイチイグループの御曹司(おんぞうし)じゃない? 社長の孫よね?」

 友人らしき女性の言葉に、私は思わず声を上げそうになった。

(今、なんて……イチイグループって私の会社……)

「えっ、そうなの!? 知り合いなら紹介してよ~」
「しょうがないわね」

 隣のグループの女性たちがプールサイドに上がると、蓮見くんに声をかけにいく。
 私は呆然とその姿を見た。

 蓮見くんがウチの会社の御曹司――。

 そういえば、面接の話をした時に何か言いたげだった。
 もしかして、このことを話したかったのかもしれない。

跡継(あとつ)ぎの勉強のために、身分を隠して入社したのかも……)

 スポーツ一族というのも、創業者一族と思えば当然だ。

田中(たなか)さん、危ない!」
「えっ」

 ぼうっとしていた私は、飛んできたビーチボールをよけそこねた。

「あっ」

 ビーチボールが顔面に当たり、私は体勢を(くず)した。
 ずるりと体が(すべ)る。

(嘘っ……)

 私はプールの中に落ちてしまった。