「なんで急に水泳のレッスンを始めたんですか?」

 水泳のレッスンが始まると、蓮見(はすみ)くんが尋ねてきた。
 今日もまずは水に慣れるため、プールの中を二人で歩いている。

 バレているとわかった途端、水着姿を見られるのが恥ずかしくてたまらなかったが、私はレッスンに来た。
 サボらないでくださいね、なんて(くぎ)を刺されたら逃げられない。

 それに――この夜のプールに二人きり、というシチュエーションがわりと気に入ったのもある。
 日常の中の非日常の空間。
 水の中というのもあるかもしれないが、すごく心がフラットになる。

「ナイトプールパーティーに誘われたのよ」
「へえ、どこの?」

麻布台(あざぶだい)のホテル」
「ああ。あの新しくできた……最上階がプールですよね」
「詳しいのね」

 もう自然に話ができるくらい、プールの中を歩くのは慣れた。
 こうやって毎日プールにつかっていたら、そのうち泳げるようになるのかもしれない。

「別に泳げなくたっていいんだけど……さすがに水が怖いまま行きたくなくて」
「そうですね。はしゃいでプールに落ちたりするかもしれないですし」
「そんなに浮かれないわよ!」

 ムキになった私を見て、蓮見くんが笑う。

「すいません、なんだか可愛くて」
「は?」
田中(たなか)せんぱ……いえ、ここでは田中さんと呼びますね。会社にいる時はバリバリ働いて(すき)がないのに、こうやって怯えながら俺の手につかまってて……」
「からかうんじゃないの!」

 思わず手を振り(はな)してしまい、私は前につんのめってしまった。