さぁ殿下、流行りの婚約破棄をいたしましょう


(困ったわ、そろそろ現実が見えてくる頃よね……)

流行の中心にいる彼らは気がついていないが、この〝婚約破棄ごっこ〟には、あきらかに終息の影が差している。

彼らは少しばかり調子に乗りすぎたのだ。

いくら学園内が平等とはいえ、一歩外に出ればそのルールは通用しない。そもそも、その平等の解釈も間違えているのだけれど、それはさておき。

これまでは家格が高い方が婚約破棄を言い渡していたけれど、それすら本来は後ろ指を指されるような体裁が悪い行為だ。

今日のように伯爵家が侯爵家を相手に家同士の約束事を破るなど、とても許されるものではない。

そういったマナーやしきたりを学ぶ学園のはずが、下位貴族の令息令嬢たちは学園の理念を捻じ曲げて傍若無人に振る舞っている。

親や侍従、侍女たちの助言を退け、自分の思うままに行動するのを自立だと勘違いしているのだ。

それを助長しているのが、アラン殿下とサンドリーヌ様。サンドリーヌ様が私を差し置いてアラン殿下に親しげにしているのが咎められないため、それが許されるのだと悪しき前例を作ってしまった。

高位貴族の令息や令嬢たちが、皆顔を顰めているのに気付かない。高位貴族の嫡男や、その家に嫁ぐ令嬢を敵に回して、卒業後も安寧に暮らしていけると本気で考えているのだろうか。

(考えているからこそ、この振る舞いなのでしょうね。いえ、もしかしたら、それすら考えていないのかもしれないわ)

彼らは無知ゆえの万能感に浸り、傲慢な振る舞いを続けているのだ。

遠くない未来、その代償を支払わされるとも知らずに。

(後悔しても、もう遅いのですよ?)

現に、今も怒りを滲ませるリッツ侯爵ご夫妻に、真っ青な顔をしているレスコー伯爵ご夫妻が頭を下げている。

それが見えていないのか、ダミアン様は自身が主役のパーティーを、真実の愛の相手である女性と一緒に抜け出していった。

(あらら……。真実の愛は、正常な思考だけでなく視力さえも奪ってしまうのね)

笑ってしまいそうになり、慌てて表情を引き締める。公爵令嬢たるもの、常にポーカーフェイスを意識しなくては。

けれど私にとっても、この流行が終わりを迎えてしまうのは都合が悪い。

せっかく思ってもみない流行が生まれたのだ。これに乗っからない手はない。

(王命の婚約をあちらから破棄してもらえる絶好のチャンスだもの、逃したくはないわ)

セシリア様は驚いて泣いていらしたけれど、婚約破棄をされて正解よ。ああいった類の殿方を婿に迎えたところで、幸せになれるはずがないもの。

きっとそれは、リッツ侯爵夫妻も身に沁みただろう。レスコー伯を一瞥することなく、セシリア様を連れて広間を出ていった。

私は項垂れるレスコー伯爵ご夫妻に憐れみの視線を向けつつ、セシリア様に紹介できる男性を幾人か頭に思い浮かべる。

(お父様に相談してみなくてはね。そうと決まれば、そろそろ帰ろうかしら)

祝われるはずの主役は会場を抜け出し、その家の者たちは火消しに追われている。きっと明日の学園は、このパーティーの話でもちきりだろう。

再び視線を殿下たちに向けると、彼はサンドリーヌ様や学友の令息たちと楽しそうに話をしている。きっと婚約を破棄したダミアン様を称えているに違いない。

あの様子なら、私が帰ったところで問題なさそうね。

そもそも、この場に一緒に来たわけではないのだから、先に帰ったところで文句を言われる筋合いもない。

(本当に、早く婚約破棄を言い出してくださらないかしら)

私は心の底からそう願いつつ、自分の家の馬車で帰路についた。