「でも、ロッティには好都合なんだろう?」
「……なんのお話でしょう?」
「しらばっくれなくてもいいよ。僕は君の味方だ。いや、むしろ君に僕の味方になってほしい、と言うべきかな」
へらりと笑っているように見えて、じっとこちらを見つめる紫色の瞳には強い光が宿っている。
ユリウス殿下は眉目秀麗で頭脳明晰、ここ数年は隣国へ留学をしていらした。いずれはこの国を支える頭脳として、その才能を遺憾なく発揮されることだろう。
そんな彼が、今なぜか私に射抜くような眼差しを向けている。
今日一番の嫌な予感がするのは、気のせいだと思いたい。
「ねぇ、ロッティ。今のままでは、あの馬鹿は自分から婚約破棄を言い出したりはしないよ」
積年の願望をバッサリと切り捨てられ、私は息を呑んだ。
なぜ私がそれを望んでいると知っているのかという疑問以上に、ユリウス様の言葉の理由が知りたくて、必死に言葉を紡ぐ。
「それは、どういう……」
「君はアランが学園の流行に乗って向こうから婚約を破棄してくれると考えているんだろうけど、アランも馬鹿なりに考えてるんだよ。臣籍降下が避けられないのなら、あいつの中では公爵位が絶対条件だ。プライドばかり高いアランは、間違っても男爵になど落ちたくないはずだからね」
あれだけ大々的にサンドリーヌ様を大切にして、私を蔑ろにしているのだ。にもかかわらず、まだ私と結婚する気でいるとしたら、どれだけ我が公爵家を侮っているのだろう。
それに、サンドリーヌ様も許さないのではないだろうか。きっと婚約者とは名ばかりで、結婚するのは自分だと疑っていないように見える。
すると、彼は答えを導きやすくするヒントを与えてくれた。
「この国には、王族と公爵家当主にのみ与えられた特権があるだろう?」
「……っ、まさか」
ユリウス様の問いかけに、私は口元を覆う。
王族と公爵家にのみ許された権利。それは、『第二夫人を持つこと』。
アラン殿下は男爵の地位まで落ちずにサンドリーヌ様と結ばれるため、第二夫人を迎えられる公爵家の私と結婚しようとしているということだろうか。
血筋を絶やさぬためにと与えられた特権だが、現在その権利を行使している者はいない。現在の倫理観では余程の事情がない限り、国王でさえも第二夫人を持つことは歓迎されない行為だ。
それに――……。
「まぁ。だから所詮、馬鹿は馬鹿なんだよ」
私の言いたいことを汲み取ったユリウス殿下は、辛辣にアラン殿下を批判する。
この推測が正しければ、たしかにアラン殿下は私との婚約を破棄しようとはなさらないかもしれない。彼にとって私との結婚は、公爵位のままサンドリーヌ様と結婚できる唯一の方法なのだから。
王命で結ばれた婚約を向こうから廃棄してもらえないとなれば、私は本当にアラン殿下と結婚せざるを得なくなる。
(いえ、でも真相を教えて差し上げれば……)
私が頭の中でどうしたらアラン殿下に事実を伝えられるかを考えていると、ユリウス殿下が口の端を上げた。
「そろそろ本気で愛想が尽きただろう? そこで君に提案なんだけど」
その笑みはいつものへらりとした軽薄なものではなく、獲物を逃がすまいとする美しい獣のようだ。
なにを言われるのか見当もつかないまま、じっとユリウス殿下を見つめ返す。
「ねぇ、ロッティ。この国の王太子妃になるつもりはない?」
……なんですって?


