事実をズバリと言うのも、さり気ない気遣いなのだろう。
「あ、そろそろ行かないと」
「うん。いってらっしゃい」
　新婚さんでもないので、ここでいちいちキスしたりはしない。
　そもそも、一緒に暮らしはじめた頃から、そんなことはしていないけれど。
　私の仕事は、時間が決まっておらず、納期にさえ間に合えばいい。今は忙しくない時期なので、昨夜の続きで、ノートを広げてプロット作成に取りかかる。
　恋愛小説を書くには、恋愛大国フランスを感じたくて、ランダムにシャンソンをBGMに流す。
　しかし、私がいま書いているのは、自分と同世代の日本人の道ならぬ恋物語だ。おまけに、主人公は金沢で出逢い、ラストは東尋坊で心中する予定。
　思いつきで、ノートに文字を走らせてみるが⋯⋯ダメだ。
　主人公の設定や、大まかな流れは決めてあるのに、心理描写や性描写がまったく描けない。
「読書なら、そこそこしてきたのになぁ⋯⋯」