穏やかすぎる愛に包まれて

 彼は、興味津々といった様子でページをめくる。
「あれ?人物相関図と、プロットだけで終わり?本編は?」
「だから、全然進んでないって言ったじゃない」
「なるほどね。ところで、朝に何かいい話があるって言ってたのは何だったの?」
 仕事で疲れて帰ってきても、そんな些細なことを覚えていてくれるこの人のことを、改めて好きだと思った。
「うん。なんていうか⋯⋯ここに来て一年経った今頃になって、こんなに素敵なところだったんだって、初めて知ったの。来たばかりの頃は、何処を見ても同じような家やアパートばかりだし、急坂が多すぎるし、中心市街地まで遠すぎるし、家賃が安いだけのことはあるなと思ってたのが本音なんだけど」
「まあ、確かに、町内には店もないし、いちばん近くのコンビニも24時間営業じゃないしね」
 親の転勤でいくつかの町に住んだ経験から、住めば都なんて嘘、何年住んでも馴染めない町はあると知っていた。