「沙耶さん。おはよーございます」

「おはよ、詩乃ちゃん」

 隣のデスクに座る沙耶は、いつものようににこっとして言った。

「じゃ、今日もほどほどに頑張っていきましょう」

「はーい」

 朝礼までの短い時間、詩乃はいつもメールとカレンダーをチェックすることにしている。

 今日と明日分までのタスクは、この時間にパパッと整理してしまう。

 部署のみんなは、もう少しのんびりやっているようだが。

 カレンダーとメールボックスを眺めたが、今日はそこまで急な仕事はないようだ。

 まだ冴え切っていない詩乃の頭に、昨日の出来事がふっと蘇ってきた。

 頭の片隅で、彼の声を反芻する。

「……私も、男ですから」

 自分を抱き寄せる力強い腕と、頑丈な胸板。

 そして、囁くような、なにかを抑えているような低い声。

 明人が男性なのだと、あのときはっきりと意識してしまった。

「だから……あまり誘惑されると、困ります……」

 そう言って逸らした目が、眼鏡の奥で熱く潤んだように艶めいていて。

 すっきりした眉根に、困ったような悩ましい皺が寄せられていて。

 美しい顔立ちに、はっきりと雄の気配が滲んでいた。

(明人くんでも、あんな顔するんだ……)