もしかして、今夜は彼と——と、想像が過らなかった訳ではない。

 もちろんまだ心の準備は出来ていないが、決して嫌ではなかった。

 しかし明人は、一線を越える気はないのかもしれない。

 何度も詩乃の家で過ごしてきたのに、これまで一度もそうした流れにはならなかったのだ。

「お邪魔しました。では、また連絡します」

 いつものように、明人は去っていった。

 初めて会った頃よりずいぶんと、柔らかい笑みを浮かべながら。

 部屋に残された詩乃は、両手を頬で覆った。

 まだ、熱が残っている。

 ついさっきまで、明人が座っていたブルーの座椅子に目を落とす。

 詩乃のピンクの座椅子と、お揃いの。

 二人でつくろぐ、穏やかな時間を見守ってきた二つの座椅子たち。

 もしかしたら、もしかしたら。ここで、彼に抱かれていたのかもしれない。

 いやいや、明人のことだから、きっちりシャワーを浴びてからベッドで——。

「いけないいけないっ」

 妄想が止まらなくなりそうで、詩乃は一人でジタバタした。

 ぶんぶんと頭を振って、幻のような明人の残り香を振り払おうとする。

「明日の準備、しなきゃ……!」

 自分に言い聞かせるように呟くと、さっそく風呂の準備を始めた。

 濃密な、甘美な、味わったことのない熱情が、まだ詩乃の奥底で渦巻いていた。