「早瀬さんが担当で良かったよ」

 担当するお客さんの、ほっとしたような笑顔が励みだった。

「お客様は、金づるじゃない。信頼関係があるから、うちを頼ってくれるんだ」

 せかせかと急いで商談をしなくて済むように、詩乃はいつも時間と手間をかけた。

 会食や飲み会にもしょっちゅう出たし、休日が付き合いで潰れることも珍しくなかった。

 真摯に話を聴き、本心からお客さんのためを思う。

 売り込む前にじっくり事情を聴いていると、お客さんが本当に望んでいることが見えてくる。

 その人が本当に解決したい悩みに自社の商品が役に立てないと判断すると、正直にそう伝えることもあった。

 詩乃のそうした姿勢に感動して、顧客たちは結果的に契約を結んでくれるのだ。

 その会社では契約に至らなくても、口伝てで評判が広がる。

 詩乃が直接関わるお客さんは経営者や役員だ。

 すると当然、似たような業界の企業間で話題になる。

 こうして、口コミで広がった評判を元に、どんどん契約は増えた。

 目覚ましい売上は全て、泥臭い努力の結果だった。

 人の悩みを解決できるのが、嬉しかった。

 しかもそれが売上に結びつけば、喜んでくれる人がたくさんいる。

 ひとりひとりのお客さんと丁寧に接するために、労働時間はとても長かった。

「これみよがしに残業しちゃって」

「人気者だから忙しいです〜ってか?」

 陰口は止まない。

 重圧と長時間労働で疲れた詩乃の体と心を、悪意が少しずつ蝕んでいた。