「お邪魔します」

「ごめんね〜、連れ込んじゃって」

 夕食も済んだこの時間から、明人を家に呼ぶのは初めてだ。

 詩乃は、真っ暗な部屋の電気をつけた。

 急だったので、少し散らかっている。洗濯物がいくつか落ちているだけだったが。

 どのみち、今はそんなことも気にならなかった。

「残業だったんでしょ? 悪いなぁ、無理に誘っちゃって」

 無理して笑顔を作った詩乃が振り返ると、明人は困ったように微笑んでいた。

 すり、と、明人の手が詩乃の頬を撫でる。

 冷淡な印象の明人の手は、とても暖かい。

「そんな顔されて、ほっとけませんよ」

「っ!」

 息を呑んだ詩乃を前に、明人は座椅子の上へ勝手に腰を下ろす。

 詩乃は黙ったまま、いつもより近くにちょこんと座った。

 優しく撫でてくれた手の温もりが、まだ頬に残っている。

 それだけで、いくらか心がほぐれてしまった。

「話してくれますか。何があったか」